月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

町田戦記 I

 荒れ果てた芒原を駆ける追い風が私を追い越したとき、ガラクタじみた白い塔から不快な旋律が向かい風のようにやって来た。昨日までは工場で耳にしていたこの囂しい、メロディ、というものを同じ時間でありながら薄暗い殺風景な家路で聞かなくてはならないのは、やがてやってくるこの季節というものの決まりであった。工場に勤めてから大凡半分以上は必ずこれを道中で聞かなくてはならなかった。私が帰る時間はいつも正確に同じなのに、音楽の方が時折移動をするのだ。元来こういう不快なものを「音楽」というのか、あるいは何らかの理由で不快になってしまったのか、私達は知らなかったし、そもそも知らなくても良いことであった。この肌寒い季節を昔の人間は秋と呼んでいたこととか、これから昇る月が秋には最も美しい光をこの星へ放つこととか、それ以前にこの日々では夕焼けの色がどうしようもなく美しく見えることですら、私達には最早何の意味もなさないことであって、歩を進めると見えてきた、今私に向かって手を振る、残り僅かな夕陽の輝きを瞳の中で反射させるツルカワという少女は、少なくともその全てを知らないに違いなかった。

「おかえり、ナルセ。」

「ただいま。」

「これ、お父さんがナルセの家にって。」

渡された籠には本でしか見たことのない、沢山の球状の物体と少しの棒状の物体がぎっしりと詰められていた。

「なんだ、これ?」

「それね、果物って言うんだって。」

「それは知ってる。今時果物なんて、なんでだよ。」

受け取った籠をじっくりと見回しながら私は自分の働いている意味を問いかけられたのかと思った。果物がどんな味がするのかは知るところではないが、口にしたことのない自然物の味は記述を見る限り私が工場で五年近く作り続けている自動食料より遥かに甘美な物に違いなかった。

「昔の人はね、亡くなった人のお墓の前に、果物とか、オカシ?っていうのかな、そういうのを置いてたんだって。お供え、っていうらしいよ。」

ふうん、と返事をしてみた。父が亡くなったのなどもう十数年も前で、そんな些細な日付をこの地域の、とは言っても最早百数名を数えるのみだが、首長であるツルカワの父親が覚えているのは不自然にも思えた。しかし受け取るほかなかった。

「おじさんによろしく言っといて。もう暗いから早く帰れよ。」

  宵闇へ彼女の背が溶けて暫くしてから、私は家の方へ歩いた。籠から一つ際立って目立つ、赤い球体を手に取って眺める。極めて固くまた毒々しいその色は人間が食うそれなのか私には理解できなかったが、恐らく人間としての本能が、それを求めるのが分かった。一生かけたとて私にはこれは作れないのだろうな、と思った。私が作るのは食料でなくて機械である。もっと正確に言えば、昔の人々が合理的に暮らすために作ったであろう、食料を永遠に作れる機械の数少ない"生き残り"を動かす務めである。それは最早農業という文化やこの大地を美しく見せた植物が失い枯れ果てたから発生した人間として恥ずべき職だった。そうであるからして、少なくとも僕は何かを作っているというより、何かを作らされているという感覚から抜け出すことは出来なかった。そういう意味では、妙に苦く柔らかい可食植物を何とか地面で栽培して機械が止まった際の保険としての備蓄を細々とでも作り続けるツルカワの仕事の方がよほど羨ましかった。

 白くスライスされたうち右から三番目の建物の右下にある私の家の扉を開けると待っていた母は、籠を有難がって受け取って、"父"の前に置いた。そこに父はいないが、母は立方体のそれに向かってお父さん、お父さんといつも言うのだった。気味が悪かったが、気持ちは分からない訳でもない。幼い頃から父が戦争で死んだのはずっと理解していたが、その戦争がどういう戦争であるかということを知るのには私は成長を待たねばならなかった。幼少期の誤謬では、父が死んだ戦争は全てを終わりに向かわせるよう人類の道標の矢印を回転させた三回目の戦争であると思っていた。つまり、私の勤め先と同じような工場の電気的な動きを止め、またツルカワの父が持ってきたような植物をほぼ残らず虐殺した戦争で、また人たる父も殺されたのだと考えていたが、実際には異なった。その次の戦争であった。それを教えてくれたのはツルカワの父だった。同じ戦列に加わったという。片足が傷ついてなお英雄的に戦った男。あの戦争で父の名を知らない者はいない。右足を引きずりながら最後まで。別にそんな能書きはどうでもよくて、母の気持ちが分かるというのは私にとって誰にも代え難い父に会いたいからで、しかし叶わないことはわかっていて、だから父が遺した本をずっと読んでいた。なぜか父に纏わる物は本ばかり残っていて、家は本だけが異様に陳列されていた。冒険の話、人間関係の話、戦争の話、死の話、心理の話、そして消えた、電気機械の話。その経験がために私は工場勤務になったのだと思う。本を持つ人が人の総数が減れば消えていくのは当然のことである。今でもこの地区の人々は父の膨大な蔵書のために我が家にやってくる。トショカーンという本で出来た神殿が昔はあったらしくて、きっと我が家はそれなのだ。立方体にお礼を言う人は、母やツルカワの父だけでなくて、そういうこの家への巡礼者も多く含まれていた。

 

 その日私はまた海の夢を見た。私が川の終点に立つと果てしない海がそこにはあって、私が私の海を進もうとすると誰かが阻み、結局陸の最後で水上の輝きを永遠に見ているだけだった。そしていつも夢は終わる。父が語った海、 本に登場する海、そして私が思い描く海。その全てが異なっていて、どれも同時には成立し得なかった。私は本物の海を見たことがない。どの海が正しいのか。誰が間違っているのだろうか。私は海を、いつか知れるのだろうか。

 

 翌日の工場の保守は今日は遠くの建物の年配者ひとりが担当だった。だから今日は遅くまで寝ていても構わなかったのだが、またしても見た夢がそれを阻害した。私の工場勤務のいわゆる同僚というやつである彼女は、もう残り少ない電気の時代を生きた人だった。それで私がもう一度これを作れるのかと勤務中に聞くと、もう無理だと言った。彼女は私に文字通り輝かしい時代をよく語ってくれた。そして彼女はその度に何とも言えない顔をしていたのだった。もうどこも同じだろう、と語った。つまりここでいうどこも、とは、電気機械を破壊するのに特化した装置を辛うじて生き延びた、自家発電型の自動食糧生産機及びそれを中心として生活する、ここマチダと同じような生活共同体のこと全てを指した。私は黄金の時代を生きていながら今ではやっとの事で壊れかけの施設を直す事しか出来ない老婆を恨めしく思うこともあったが、しかし彼女もまた絶望した人間であろうことを鑑みると、恨むべきは彼女でなく時代だというのが道理であった。そもそも彼女がいなければとうの昔に飢え死にしていたのかも知れないと思うと、そのような考えは破棄すべきように思われた。そうやって作られた昨日と同じ自動食料を口に運ぼうとする寝ぼけ眼の私に対して、不意に母は紙切れを差し出した。

「お誕生日おめでとう。」

ありがとう、と口が反射的に動いたあとで、二○九三年十月二日が私の十八回目の誕生日であることに気が付いた。別にそんなことどうだっていいじゃないか、と思うが、これがあと二回を数えると老婆が引退し私があの工場、つまり私たちの食料についての責任を負うことになるのかと思うと意味は大いにあるし何より荷が重かった。しかし納得がいかないのは母の手にある白色の紙である。私はそれを何の感情もなく受け取った。

「それね、お父さんからよ。」

私の腕が手紙の重みの変化に少し沈んだ。父が、私に?

「十八歳になったらその手紙を渡すように、って言われてたの。その、戦争に行く前にね……。」

そう言って母は自滅した。やや沈黙が親子にあって、こう続けた。

「ごめんね、誕生日の朝にこんな話しちゃって。でも読んでね。お母さんも中身知らないの。わざわざ宛先まで書いてあるから、読まないほうがいいかな、って思って。」

私は自分の寝台に戻ってから、幾つかの汚れのない本にそうしたように、よく切れる刃物で紙を裂いて中身を見た。私が覚えている父の想像通りの字が踊るそれは、ある種の招待状であった。

 

 家を出てすぐツルカワに出会った。昨日の礼を重ねて言っておいた。今日も食物の創造作業があるらしかった。実際には栽培というらしく創造と呼ばれるのをいつも否定していたが、私にとって何かを新しく作ることはまぎれもない創造だった。

「ねえ、それ何?」

「ああこれ、父さんが俺に向けて昔書いた手紙らしくてさ。ここに行けってんだ。」

私は彼女の方へ紙を見せ、何度も繰り返し読んだ文面のうち真ん中あたりを指し示した。

「母なる川に沿って行け、白い階段を登れ?」

「母なる川は、勿論あの川だと思う。あの川を進んだらきっとどこかにすごい目立つような白い階段があるんじゃないかな。」

「ふーん。何か面白そう。今から行くの?」

「うん。そうだけど。」

「私も付いてっていい?」

私は少し迷ったが承諾した。父が母にも見せなかった私との約束は私だけのものであるべきだとも考えたが、この居住区域の外に何があるかは十八年生きていても知らなかったし、外の世界の恐怖を和らげたいという思いが結局勝った。

「何があると思う?」

「この手紙の場所にか?」

「うん、そうそう。」

「ううん。」

暫く唸ってからいくつか考えてみたが、結局私の思い浮かぶところは一つしかなかった。

「海、かな。」

「海?」

「そう。川の大きいの、みたいな。凄い沢山の水があって、それはきらきらして美しいものだって、本に書いてあった。」

「本、好きだよね。」

「うん、父さんが遺したものだから。でもそれだけじゃないんだ。戦争が始まる前、人間はツルカワがしてるみたいに沢山のものを生み出せてたんだ。今と違って。本ももちろんその一つだけど、本の中の世界はそういうもので輝いてるんだ。行ってみたいな、ってずっと思ってるよ。それにいつか……。」

少し黙っていると、いつか?と繰り返してツルカワが問いかけてきた。

「俺も本を作ってみたい。本って誰かが作ったもんだろ、だから読むだけじゃなくて書くこともできるはずなんだ。勿論読む人は今の世界には殆どいないし、紙だって貴重だから、難しいだろうけど……。」

出来るといいね、読みたい、とツルカワは屈託のない笑顔を私に見せた。彼女はずっと、いつもこうなのだ。だから私は父との約束に一人を巻き込むことにしたのかもしれない。

「そういえばさ、その、海?は、母なる川よりも大きいんだよね。」

「多分、ずっと。」

へえ、と好奇心を主成分とする声が聞こえた。俗に母なる川と私たちが呼び飲み水を得ている、川という水の集合体は昔から眺めていて飽きることがなかった。私は川が海なのかと母に尋ねたことがあるが、違うと言われた。海は川よりはるかに大きくて、川が海に繋がっていると本で読んだが、母にそれを言うとそんな海は無いと言った。それでも本が正しければ川をずっと歩いていけばいつか海に辿り着くのでは無いかと考えたが、そんな恐ろしいことをするなときつく叱られた。曰く、母なる川を水と共に歩くと、ショナンというこの世の終わりのような場所に行き着き、また水に逆らって歩くと、サガーハラーという二度と帰ってこれない場所に辿り着くのだという。私はそれで怒り狂う大人たちより恐ろしいことは嫌だと思って海行きを止めた。だから今でもこうして、荒れ果て罅割れた大地と母なる川の境界線を怯えながら歩いているのだった。

「ねえ、あれ何かな。」

ツルカワは大してそういったことを気にせず歩いている様子で、やや呑気な口調で前方を指差しながら私に問いかけた。白色の長方体、ちょうど家にある"父"を何倍も大きくしたようなものが私たちの進路を塞ぐように横たわっていた。川はその先も続いているようで終わりではないのだろうが、もしかしたら、という期待があった。

「多分だけど、これがさ。」

言われなくても、これが"白い階段"に違いなかった。家に取り付けられた階段とは大きく形状が異なっているが、何とか上に登ることができそうであった。

「きっと何かの兵器だろう。こんなに大きな機械は見たこともない。多分戦争で使ったんだろうな。」

私は白と、時々空のような青が混じった歪な階段を何とか登りきった。差し伸べた手を支えにツルカワが階段を登りきって振り返った時そこにあったのは、私達が初めて見た世界だった。私達と同じ高さには軍事施設らしき建物が崩れのし掛かった道なき道が二股に分かれ視界の左右に無限へ伸びているようで、その真ん中の空洞にあるのは巨大な青色の鏡だった。世界中が雨上がりだったらきっとこういうものが産まれるのだろう、と思った。瓦礫を掴んで鏡を割ろうと試みると、円が幾重にも描かれ進んで消えて、そしていつしか瓦礫も遠く見えなくなった。底には白や黒の箱が並んで沈んでいた。ツルカワがこれが海かと聞くので、私はきっと海だろう、と答えた。これほどまとまった水を母なる川以外で見たのは初めてで、それより遥かに大きく深いこれは海というものに違いなかった。私達は崩落した真っ白な細い道を少しずつ慎重に進んで海の向こうを知ろうとした。五分ほど崖伝いに進むと、海は終わった。また入口と同じような場所、今度は銀色と緑色の階段だったが、からその先は見飽きた荒野が続くようで、海は本で読んだより思いの外小さかった。しかしそれは落胆することでなく、寧ろこの世界は驚愕の連続であった。例えば、私たちの背後に聳え立つ二つの塔は居住地区の何よりも高かった。五角形の屋根をした祭壇の中央では、銀色の螺旋がくるくると音も立てずに回り続け輝き続けていた。

「面白い形してるね、これ。」

螺旋を見てツルカワは言った。それは螺旋の形じゃないか、というよりも、こういうのは人を惹きつける何かが肝心なのだろう。ツルカワはどんどんとそれに近づいていって、そして螺旋に触れると彼女は徐々に身長を縮めていった。

「おい、そこから出ろ!おかしいぞそれ!」

彼女もそんなことは分かっていたが、どんどんと地に沈んでいった。どうにかしようと思った頃には既に彼女の腰より下はなくて、私も後を追い螺旋とともに沈んでいくほかなかった。

 

「ここって何なのかな……。」

「何って……見りゃ、分かるだろ。」

動きが止まると、部屋があった。やはり先ほどの白いのも巨大な兵器だったのだろう。至る所に銃が掛けられており、隙間なく置かれた棚には人を殺す、のであろう物ばかり置かれていた。入り口の螺旋型の、恐らく昔の人々が言う昇降機、から最も離れた場所には高い天井の限界にまで場所を取っている五本の棒と、十中八九死んでいるであろう埃まみれの機械が設置されていた。私たちを待っていたかのようにランタンが最低限この場所を照らしていて、それでやっと灰色の無機質な壁についた弾痕が分かった。金属製の冷たい机の上には書類が散らばり、本が無造作に積まれていた。地上へ出る必要性以上に初めて潜る地下に興奮を抑えられなかったのはツルカワも同じようで、後ろの机を探し回っていた。私はというと本を持って帰りたい気持ちになり、家にあったものとの重複を思い出しながら慎重に選んでいた。そちらにも本はないか、とツルカワに聞こうとすると、彼女は私が朝そうしたように紙を右手で無造作に掴んで私が見えるようにした。

「ねえ、これ見て。」

興味関心以上に動揺を色濃く見せるツルカワはひどく黄ばんだ紙を私により近づけるように見せてきた。太い字で書かれた題も掠れて上手くは読めなかった。

「か、な、がわ……。カナガワ、か?」

「違う、そこじゃない!一番右下。」

 足が震え、机で伸びた腕を支えて何度も読み返したが、そこにある文字列は、紛れもなく、私の知っているものだった。

「ナルセ=ツインズウェスト。」

私はこの時、この男の名前を十八年の人生の中で生まれて初めて読んだような気がした。私がこの男のことを知らなかったからではない。私には、もっと妥当と思わしき他の呼び方があったからである。

「父さんだ。」

 

その書類に書かれていたのは、あるひとつの兵器についてのことだった。

「MKBM。神奈川県化長距離弾道ミサ、イル……。」

ツルカワが紙を目で追いぼそっと口にした言葉のうち、ミサイルの部分で詰まったのは勿論彼女がミサイルというものを知らないからである。幼い頃戦争で見るには、僕たちは余りに幼すぎて覚えていないのだろう。私もミサイルが何かは知らない。覚えている限り父の蔵書のうちミサイルを取り扱っていたのは長くて何も分からない小説一冊だけだったように思う。だがそれが兵器であることだけは間違いはなく、恐らくは先程から時折視界に映る五本の棒がミサイルのだろう。それより遥かに確実性が高いのは、あれを作ったのが私の父親であるということだ。

「神奈川県、か。」

「確か昔はそういう住処の塊があったんだよね?私たちのマチダ、みたいな。」

「俺もよくは知らないけど、多分そうだろう。どれかの建物がマチダってわけじゃなくてあの辺を俺らはマチダだと思ってる。例えば今いるここはマチダじゃない、って具合に。」

「それの大きいの、ってことかな。海と川みたいな。」

言い得て妙だと思った。本で見た神奈川はこの海より遥かに広いと思うが。

「俺は父さんは世界大戦で死んだと思っていた。遠い海で死んだと。」

しかし実際には異なった。私が生まれ、育ち、やがて死んでいくであろう場所のすぐそばで、父は生き、恐らく戦い、そして多分、ここで死んだ。

「死んだ海はここだったのだろうか?しかしここは明らかに……」

明らかに戦場ではなかった。確かに武器は多く、また発砲した証拠もある。だがお世辞にも我々の居住地域と遠いとは言い難いここが戦場であったとは考えづらい。しかし文面の日付からするに、父はここで兵器を作っていた頃に死んでいる。

「ティムールという人のことを本で読んだことがある。彼は遠い地ではタルメラン、足の悪いティムールという意味の言葉で呼ばれていた。彼は不自由な足を持ちながら戦争の天才だった。父がそこまでとは言わないけど、ツルカワのお父さんに話を聞いたらそういう風に最後まで右足を怪我してても戦ったんじゃないかな、って勝手に思ってた。でも本当は、兵器を作ってたんだ。」

「確かに銃は兵器だよね。でも意外だな。最後の戦いって、こういう銃で戦ったんでしょ?なんかもっとこう、強そうな武器を使わなかったのかな。」

彼女も適当な銃を取り出してしげしげと見つめていた。

「また本の話だけど。昔、アルベルト・アインシュタインという人がいたらしい。彼は二回目の大戦の後、次の大戦はどうなるかと聞かれてこう答えたという。『三回目は分かりませんが、四回目は分かります。石と棍棒でしょう。』と。」

ツルカワは黙ってしかし注意深く聞いていた。

「つまり、二回目で世界を一気に滅ぼしうる兵器が用いられた。その次をやったら世界は本当に滅び、武器という武器は消え、人間は道具も機械も発達する前の世界に戻って石と棍棒を武器にするのではないか、という。現実には半分アタリで半分ハズレだ。確かに三回目で人間はその進歩をほとんど全て失った。しかし四回目にも運悪くこういうもんが残ってしまった。」

私も置き場所から銃を取り出して虚空に構えて見せた。ツルカワは怯える様子もなかった。暫くの沈黙の後で彼女は口を開いた。

「じゃあだからさ、ナルセのお父さんはこういうのを作ってたんじゃないのかな。」

掴んだ書類をはらはらと宙で遊ばせて彼女は言った。お互い読み終わった上で最大の疑問点は合致していたようだった。

「分からないんだ。俺は父さんはそういう時代で海、船の上で銃かなんかで死んだんだと思ってた。父さんはいつも海の話ばかりしてたから。でも、父さんは新しい武器を作る人間だった。まあそこまではいい。一番分からないのはそれが……人を殺せない。」

「確かにそういう意味じゃ、このミサイルっていうのはこの部屋で異質だよね。」

「そもそも、これは武器なのかな?言う通り、他のどの銃もきっと人を撃つためにあるんだ。でもこれだけは明らかに違う、設計の段階でまず人命を奪わないことを前提としている……」

間抜けな疑問符を声に出してしばらく考えたが、人を殺さない武器にはどんな意味があるのか。そもそもそれは武器と呼べるのか。父は何を考え、死の前にこのミサイルを作ったのか。異様に高い天井に取り付けられた羽根と同じように、空虚な考えが頭の中をひたすら空回りしていた。

 

「このミサイル、電気の力で動くんだね。ここから打てるみたい。」

別の場所からミサイルのまた違う文書を持ってきてツルカワはずっと読んでいた。私はミサイルそのものへの興味は彼女に任せ、むしろ父がいた空間と父の考えについてずっと思考を巡らせていた。しかしその静寂は、昇降機の金属板に強烈な衝撃が加わった轟音で立ち所に破られた。螺旋へ落ちた何かは人間だった。

「動かないで!」

私は生きている銃を初めて見た。黒い女は私とツルカワを交互に照準に定めながらじりじりと歩み寄ってきて、強い声でこう続けた。

「そのミサイル、よこしなさい。」

「はあ、ミサイル?これが。こんなの何の役に立つの。兵器じゃないですよ?」

「いいえ、それは兵器よ。死にたくなかったらよこしなさい。」

「いやだ。これは俺がやっと見つけた父さんの『残り』なんです。俺にはこれが何なのか分からない。けど、俺は父さんが何者なのかを知りたい。だから渡すわけにはいかないんだ。」

「ふざけないで!本当に撃つわよ。死にたくなければさっさと書類ごと渡しなさい!」

ツルカワは私と女の問答の隙にわずかに後退してミサイル付近の機械へ近づいていた。 そしてそれが光り、私達の注意を引いた時、ツルカワは既に銃を手にして女の命を奪えるようになっていた。膠着の後、誰のものでもない声がツルカワの方からした。ツルカワにお前か、と視線を投げると、違う、と首を振らずに自信の表情で以って答えた。声はやがて私の名を呼んだ。

「認証 利用者:ナルセ=モディルミネ ユーザ登録が認証されました 敵対者発見 敵対者の生活圏域 確認 データベース照合:旧静岡県熱海市 対象区域にMKBMを投下します よろしいですか?」

「はいって言って!」

「はい!」

 私はツルカワの言う通りに答えた。私は自分の声がミサイルを飛ばしたということを俄かには信じがたかったが、確かに一本のミサイルが瞬時に開けた空へ飛翔し、消えていった。一分ほどしてから成功、成功、と先程の声が私たちへ報告したのと同時に、女は銃を捨て地に膝をつき項垂れた。重責から解放されたようにツルカワも武器を捨てた。

「私なっちゃったじゃない……神奈川県民に。」

「どういうことだ?神奈川県民になる、ってなんだ?」

「あんた、知らないの?いつもいつもいつもいつも私たちの故郷を神奈川県と思ってこの神奈川県民が!許さないわ。そもそもここを教えたのはあんたじゃない、ナルセ=モディルミネ!」

何のことかは分からないが恐らくは私へ向けて、女は再び怒りを体に取り戻していた。迂闊だった。気が付いた頃にはもう、狂った彼女が脱力していたツルカワの方へ銃口が向いていた。

「いい、男の方は利用価値があるみたいだし、アンタだけ先に始末するわ 死になさい!」

鳴り響く銃声。私には叫ぶほか何も出来なかった。目の前の出来事が流れを歪めたように見えた。そして私の両眼は信じられない物を写した。

 

女の背後に男がいた。彼の持つ細長く茶色い銃の先から硝煙が登った。女は銃を銃で撃たれ再度倒れ込んでいた。武器を失い今度こそ戦意を失なったらしい。怯え竦むツルカワに近寄って、彼女が捨てた銃へ手を伸ばしながら男を力の限り睨んだ。

「安心してくれ。僕は君たちを殺したりしない。もちろん、それをくれと言うこともね。」

だから銃を捨ててくれないか、と彼はミサイルを見てから私を見て笑顔で言った。黒色の見たこともない足まで隠れる服を着た私より十ばかり年上のこの男は、きっと私の知らない何かを知っているのだと直感で悟った。

「僕の名前はヒカリエ。君たちは?」

「俺はナルセ。こっちはツルカワ。ああ、そこの女の人は……。」

「いい。大丈夫だ。ところで君はナルセ、というのかい。」

「はい……。」

「ナルセ=ツインズウェスト。君のお父さんかな。」

「父を知ってるんですか?」

余りの驚きに私は一連のことでおかしくなった喉から余計おかしな声を出した。ヒカリエと名乗った男はそれを笑うこともなく、口元を崩さず微笑んで続けた。

「君はまだ小さかったんだろう。亡くなられた時は。」

「教えてください、父はどうして死んだんですか。父はここで何をしていたんですか。」

ちょうどその時、あの不快な旋律が地下まで届いた。気がつかないうちにもう外は夕暮れだったらしい。

「慌てないで。僕はこの人を家まで送るからさ、また明日、ここに来なよ。待ってるから。」

 

日の落ちた母なる川で、こんな危険なことに巻き込んで申し訳なかったとツルカワに謝った。月明かりではツルカワの顔は見えなかったが、私が行くって言ったんだし、と言う彼女の言葉は嘘偽りのないものだったと思う。彼女がいなければ僕は今頃死んでいただろう。本当に救われてしまった。

「そういえばさ、あのミサイルのこと。」

「ミサイル、色々分からないんだよな。」

誰も殺さずに、神奈川県民にするというのはどういうことなのか。効力が半径五十キロメートル以内に及ぶとか、旧日本国内ならどこでも範囲に設定できるとか、そういうことはわかったが、果たして父は何を考えていたのか。

「あのね、あの人たちが来なかったら見せようと思ってたんだけど。ナルセのお父さん、あれをナルセだけが使えるようにしたみたいなんだよね。それも、十八歳を超えてから。」

「そうか、それで俺の声であれは飛んでったのか。」

納得したような答えが咄嗟に出たが、益々分からなくなった。父はなぜ私が使えるようにしたのか?そしてそれを十八歳になる時に?

 

 家の前で私達を待っていたのは母とツルカワの父だった。途中で作業を抜け出したツルカワを心配して連絡した彼女の父親が待ってようときっと言ったのだろうが、彼らは談笑が目的のようだし、別にこの時間まで帰らなかったことは慣習上余り問題ではないだろう。寧ろ問題なのは母なる川を下ったことだった。あんな美しい世界がこの世の終わりだとは思えないから、あそこはショナンではないだろう。しかしそんなことが知れたらまた叱られるに決まっている。そこを隠すことは帰り道にツルカワと打ち合わせ済みだった。どこ言ってたの、という問いには少し工場の方へ、と嘘をつくと親達はすぐ納得した。

「そこでね、ヒカリエって人と会ったんだ。父さんのこと、知ってるんだってさ。」

これぐらいは隠蔽せずとも良いだろうと思った。それに父の知らない面を新たに知れるかも知れないという可能性の報告は、母にとっても良いことだろうと思った。しかし反応を示したのは、意外にもツルカワの父の方だった。

「ヒカリエ。ヒカリエ=シブヤ。知っている。」

「おじさん知ってるの?おじさんも知り合い?」

やはりヒカリエはきっと父の何か重大なことを知っているのだ。私はまだ知らない父の何かを知れるのだ。

「知ってるとも。私がその名前を忘れることはない。」

深く息を吸い込み、首を私の方へ微かに傾けてから今まで見たこともない色の目で私を見て、不気味な白髭を蠢かせてこう続けた。

「君のお父さんを殺した奴だからだ。」

 

続く

 

 

※この物語はフィクションです。実在する人物、地名、施設名とは関係がありません。

 

※急にこんなものを書いてすみません。twitter(@hamanasu201re)の身内ネタで世界が滅びた後の町田について時折百四十文字で書いてたんですけど、まとまった形で書こうということになって書き始めました。後三回か四回ぐらい続くと思います。創作なんて初めてで至らない点稚拙な点多々あると思いますが温かい目で見守っていただければ幸いです。