月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

旅行最終日にしんみりするのをいい加減にやめたい 南九州到達旅行-3日目(2019/11/4)

レポートが終わってないので、何週間かサボりました。

 

 

音もせず噴煙が上がった。灰は南に流れる。薄明のなかに対岸の活火山の輪郭が露になってきた。その稜線の描写を市街から程近い城山展望台から見るのは僕一人だけであった。午前三時にタクシーで上がってきてからというものの、しけたカップルが夜景を眺めに来た回数よりも桜島が煙を吐いた回数の方が遥かに多かったのだ。今度は握りこぶしのような形をした煙が固まって出てくると、すぐにさらさらと流れて消えた。浜辺に書いた絵が波に浚われ崩れていく、昔日の思い出が頭を過る。

十一月の夜は三脚を触れると何で出来ているか実感させる体感温度に変えてしまう冷え込みで、リュックに詰め込んだ毛布を羽織ってもまだ足りない。インターネットカフェで取った睡眠は三時間。時々シャッターを押したり画面を確認したりしに行く以外は、ベンチに寝転んで何もせずにいた。

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午前四時三十分。老人が登ってきた。元気におはようございますと言われたら、はあ、おはようございますと返さざるを得ない。こんな早くに何を、と思ってしげしげ眺めていると、後ろからまたおはようございますと元気な声が響いてくる。「今日は太陽はあの辺から出てくるよ」と指で示して教えてくれた。実際その通りになった。そうしているうちにぞろぞろぞろぞろと老人達が集まってくる。世間話を始めた。山の上で。

やがて街灯が朝日にかき消されていくころ、六、七十人は集まっただろうか。一斉に桜島の方向を向きはじめた。

「ラジオ体操第一ィーーーッ!!!!」

ラジカセがそう元気よく叫び声をあげると、鹿児島の老人たちは勢いよく体操をしはじめた。撮影のために最前で三脚を構えていた僕の方を向きながらずっと体操してくるのだ。耐えられない。十年ぶりくらいにラジオ体操をやった。

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桜島も実に美しかったが、体操が終わって解散したあと、一人の老人が朝日昇桜島に向かって祈るように頭を深く下げ続けていた姿は何より美しかった。

 

 電車に乗りっぱなしだけの旅行だと味気がないので鹿児島では観光時間を設けておいた。そうして市街を巡っていると分かるのだが、どこにいても大概この街は桜島の姿を拝むことになるのだ。先ほど見た老人のように市民の精神的支柱になるのも頷ける。バスの乗降ステップの窓からですら見えるのだ。では、一番の特等席はどこだろう?先ほどの城山展望台からの眺めは確かに絶品だった。しかしあれはA席みたいなものだろう。S席があるはずだ。古来よりそういう場所は、偉い人か強い人が独占してきているものである。ではそれは誰か。

島津である。鎌倉時代より江戸の最後に至るまで薩摩の地を収めていたのは言わずと知れた島津氏の一族であり、数多くの名君を生んだ家である。

彼らは鹿児島駅のやや東に位置する場所に仙巌園、別名磯庭園と呼ばれる屋敷を構えていた。庭園なので急峻な階段の昇降を余儀なくされる城と違って気軽にぶらつける。とはいえ四時起きなので少しばかりお腹が空いてきた。

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鹿児島名物軽羮を抹茶と共に戴く。三日間の旅の疲れを癒す優しい甘さがした。

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最も東のエリアは小高い丘のようになっているので、そこから鉄路を見下ろせる。いくら薩摩の殿様といえど、目の前に日豊本線の線路が敷かれていたら仰天するだろう。国鉄車、海、桜島、この三位一体の絶景を味わえるのは現代人の特権としてありがたく享受する。

 

 三十分に一本観光バスがやって来る。ここは循環ルートの最東端に位置して、小さなロータリーでくるっと一回転して折り返すのに乗り込む。市電も含めた乗り放題パスが600円そこらで大概の市内の観光地はこの組み合わせで回れるので実にコンパクトに作られているなあ、という印象である。桜島桟橋で降りればそちらにも行けるが、別途料金がかかる上時間もバカにならないので次回の楽しみとした。天文館のアーケードでバスを降りてしばらく散歩する。しかし天文館というのは実に洒落た繁華街の名前だ。先ほど述べた島津氏が江戸時代に天体観測のための施設を建てたからこういう名前がついているという。

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昼食はまたもやラーメンを選んだ。昔ながらの中華料理屋を現代風におシャンに作ったイメージな店構えに、シンプル直球な店名が素敵だ。

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その名前の通り豚の希少部位である「豚とろ」を惜しげも無くふんだんに叉焼に使った珠玉の一杯を頂く。いい加減「口の中でとろけるような」という言葉は食レポでも聞き飽きた慣用句だが、本当に一瞬のうちに柔らかな肉が口の中で消えてしまった。というかこれを体験してしまったらもう二度とそんな言葉を他の食材に対して使えない。

 いくら南国といえど十一月なのに、うっすらと汗ばんで上着をくしゃくしゃに丸めて市電で駅へ向かった。あとはもう帰るだけだ。夏の日のような入道雲錦江湾に浮かんだ。小春日和を通り越した季節のプレイバックで差し込む斜光線の暖気に当てられ、特急の窓に首を預けてしばらく眠った。

 

 三脚をベルトコンベアーに流して預けると時間がだいぶ余ってしまったことに気づいた。エスカレーターを昇っていくとちょうど良さげなレストランがあった。なぜか四人席に一人で通された。

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カレーに宮崎名物チキン南蛮。タルタルソースがカレールーに垂れかかっている。いつまでも子供舌なのでこういう組み合わせが大好きなのだ。いつまでも子供だから飛行機も窓側の席を指定しておいたし、一時間半のフライトはずっと三万フィート下の灯りを眺めていた。

 

 夜の羽田は酷く冷え込んでいた。リュックに詰め込んでおいた上着を思わず重ね着してリムジンバスを待つ。帰ってきて初めて九州の暖かさを実感した。こういう些細な魅力でも次の機会へと惹きつけるには十分なのだ。本当は旅行に出たいという欲望を誤魔化すために理由を沢山見つけているだけなのかもしれないけれども。ともかく、今回初めて南九州を訪れたことによって四十七都道府県全部を回ったわけだが、回り「終えた」という気はしない。儀式的に決めていたのでこれで海外に出れるというのは大変喜ばしいことだが、行ったことのない場所、見たことのない景色、まだまだこの国には山ほどある。そもそも、冷静になって考えてみれば人が尾根線や川に引いてみた線を越えただけで、だから何だという話だ。バスが高速に入ると京浜地帯の工業夜景が眩い。二度と同じ景色が見られないというならいく場所どこでも、ここだっていつだって初めてだ。気の赴くまま、無限に新鮮なこの国をずっと旅してみたい。僕はまた時刻表を開いた。