月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

砂上の楼閣 南九州到達旅行-2日目(2019/11/3)

僕は土に埋められつつあった。知らない女がスコップを力強く振るうたび、体にずしりと重い塊が乗せられていく。足が封じられ、手が封じられた。こうやって気づくのは、土というのは暖かいのだということだ。大地に還るというのは、こんな温もりを一身に感じながらなるものなのだろうか。そう思うと映画のワンシーンのように穴を掘ってこう埋められていくのも選択肢として悪くは……

「ヤケドに気をつけて10分ぐらいを目安に上がってくださいね~熱いぬるいあったら言ってください~」

そう言って女は隣の知らない人にも土をかけ始めた。冷静になって考えてみると、ここの土が特段暖かいのであって全部の地面が地熱の恩恵で心地よさを味わわせてくれる訳ではないのだ。ここは鹿児島県指宿。大地の奥底で蠢くマグマが暖めた浜辺で砂蒸し風呂が作られている。砂を掻き分けるザッザッという音に波音は飛ばされて、意識は遠のいていく。

 

2019/11/3

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朝五時。昨日の宴が尾を引く歓楽街を抜け、熊本市電の初電になんとか間に合った。熊本駅からまだ訪れたことのない宮崎県・鹿児島県を目指して南へ行く。

 2両繋いだディーゼルカーが本線を下っていくが、暫くして宇土に着くと右に曲がってお似合いのローカル線へとゆっくり進入する。宇土半島を北から南へ縦断しながら西進する三角線は短い乗車時間の中で両側の窓に海が写る珍しい路線だ。まず右手に、剣山のような何かが浮かぶ海が現れた。こちらは有明湾で、剣山は特産の海苔を育てる網の大群らしい。他にも稀有な生態系や広大な干潟などなど、独特な海の賜物と言うべき沿線には瓦屋根の大屋敷が立ち並ぶ。赤瀬から左手に折れて波多浦に着くと、反対側に不知火海の異名を取る八代海が見える。そうすると間も無く終点の三角である。日曜の朝早い始発列車なのに乗車率も全線通して悪くない。

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そもそも三角線は終点から三角港に行き島原・天草方面に行く旅客のことを念頭に作られたものである。だが今となってはそんなルートを使う人など趣味人以外ほとんどいないだろう。民営化した頃の約半分にまで乗客は減ったそうだが、地域に根ざした運転で折り返しの三角からも多くの客が乗る。

 

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宇土からまたも鹿児島本線を下ってとうとう熊本も南の八代までやってきた。ここから先、鹿児島に抜ける鉄路には三パターンある。一つは素直に新幹線を使うこと。もう一つは第三セクター肥薩おれんじ鉄道を使うこと。最後の一つは肥薩線を使うこと。特に最後の肥薩線は相当な遠回りであり、新幹線なら一時間で済むところを約半日を要する。でもまあ急いでないし、のんびりと肥薩線を使ってみる。しかし本数が少ないのが困りもので、いざ乗ろうとしてもそこが大きなネックになりがちである。ここで今回は特急列車に乗ってみる。尤も、観光目当てで作られた特急なので折角の景色を素通りというわけではない。むしろ、その逆である。

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肥薩線は人吉までは球磨川沿いに、その先は国見山地を越えるように線路が敷かれている。前者を川線、後者を山線、と呼ぶこともある。川線は途中あまり止まらないが、その魅力はエメラルドグリーンに輝く球磨川を眺めることにある。

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山紫水明とはこのことか、流れが止まっているかのように山々を鏡映し、その緑を吸ってより豊かな眺めを見せてくれる。

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人吉を出て山線に入るとトンネルの数が増えるが代わりに目ぼしい駅にいくつか停車し自由に見学できるようになる。観光特急ならではの試みだ。険しい山々を乗り越えるためループやスイッチバックを繰り返すなかに作られたここ大畑は周囲に人家などない。枯れた秋の装いの森のなかにぽつん、と駅がある。それでも特急が到着すると、四、五十人いっぺんに降りる。

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停まってくれるとはいっても一時停車は大した時間でもないので何をするかは各々の裁量次第だ。レストランが併設されているが食べている時間はないだろう。散策もいいが、手軽なのは名刺を駅舎に貼ることだ。北海道旅行で訪れた北浜駅と同じく、縁起かつぎのためにびっしりと敷き詰められていた。

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次の矢岳駅は遥か遠くに集落が見えるもののそこまではいけない。代わりにSLの静態保存が展示されていて乗客は降りるや否やそこを目指す。特に面白いものでもないだろう、と思っていると地元の愉快なおじさんが梨を売っているのが魅力的でつい買ってしまう。まあ200円なら安いし、下手にラッピングせずにプラ容器に輪ゴム留めで出してるのがいい。冷たくて瑞々しい梨を車内で頬張っていると、やがて列車は長い長いトンネルに入って暖色の照明が目立つ時間になった。矢岳第一トンネルはこの路線で最も長いトンネルである。乗車している特急の名前の由来である山縣伊三郎の書で天險若夷と入口に掲げられている。天険、夷の若し。天下の険しい山地を平らにした、という鉄道敷設の肝と難工事の苦節を四字で語るものだが、鹿児島本線(現肥薩おれんじ鉄道)が開通していなかった当時、鹿児島まで初めて縦貫するこの路線がいかに悲願の存在であったかすら滲み出ている。今となっては新幹線がいとも容易くトンネルを貫いており、一方肥薩線の列車は一日三往復、うち二往復が観光特急という現在を見て、どう思うのだろうか。この路線創設のもう一人の立役者である後藤新平が引重致遠と揮毫した額が飾られる2000メートル先の出口で光が雪崩れこんできたあとで、列車は速度を落とした。

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日本三大車窓の一つ、矢岳越え。生憎の曇りだが、広がる大地の長閑さ、彼方に望む霧島連山の神々しさ。百年前にこの鉄路を作り上げた人達と同じ景色を見ていると思うと感慨深い。かつてもう一つの三大車窓であった北海道の狩勝峠廃線となった今眺めることは難しく、そもそもどこにあったのかすら探しがたい。この路線は役目を失ってなどいない、この絶景を見せることが肥薩線の21世紀の役割なのだ、そう思った。

この先の真幸で宮崎県に入り、終点の吉松で鹿児島県に入る。目まぐるしく所属県が変化し、僕はとうとう四十七都道府県すべてを巡ったことになった。二十歳になる前にこの記録を打ち出せたのは良かった。思えば長い道のりで、高校に入った頃など二十も行ったことがなかったと思う。バカバカしいでしょう。でもこれでようやく海外に行けるし、JRに乗っていない路線はまだ四分の一近くある。これからもバカバカしいことをしなければならないのだ。吉松からも肥薩線はやとの風号に乗り継ぎ鹿児島を目指す。

 いさぶろう号に比べてはやとの風号は車内もシンプルだし、途中で一旦降りられる駅もほとんどない。この区間肥薩線内でも利用客の多い区間だそうだ。しかしだからといって魅力がないわけではない。アテンダントさんにあるものがまだ残っているか聞くと、運よくあった。

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九州一の駅弁と名高い「百年の旅物語かれい川」。地元の弁当屋の手作りのため、土日祝限定一日百食という激レアものだ。同じように手に入れ難い北海道・室蘭の母恋めしの倍以上はあるといえど、特急の乗客が多いので入手は簡単ではない。確実に食べたいならば事前予約をしておくといいが、何日か前にJR九州の窓口に行くとか郵送申込とかで面倒くさい。嘉例川駅でも売っているが大概午前のうちに売り切れてしまうそうだ。一方で車内積込の駅弁が僅かではあるがあるにはある。これを狙っていたが無事に確保した。酒豪の国薩摩なだけあって合わせる飲み物は地酒が想定されているようで、ソフトドリンクに特産品がないのだけは残念だが致し方ない。展望シートで蓋を開けて中身とご対面する。濃い目の炊き込みご飯、噛む度に味が染み出て来るしいたけ、もちっとした天ぷらのかわ、ガネ(鹿児島方言で揚げた薩摩芋が蟹(=ガネ)に見えるかららしい。)から感じるさつまいもの甘さ、柔らかな茄子の味噌田楽……どれもこの辺りの特産物で抜群の美味しさをしている。さすがは九州一なだけある。ボリュームも値段相応でだいぶお腹がふくれてしまった。

ちなみに嘉例川駅では勿論数分の停車時間が設けられているがここの駅弁はやはり売り切れており、大量のガネが安売りされていた。駅弁が銘打つ百年、とは嘉例川駅舎が百年前からその姿を保っているということらしい。風情ある無人の木造駅舎を後にするともうほとんど止まる駅はなく、並の特急列車のような運転をする。しかし日豊本線に入って屋根近くまで延びた大窓に錦江湾と薩摩山が見えたときには鹿児島に来たんだなあ、という実感が湧いてきた。

 

駅の真上に観覧車があるという度肝を抜いた構造の鹿児島中央から思いの外、一時間ほどかかって着いた指宿。どこかのラジオが流れ続けるひなびた商店街を抜け、南国ぶってる椰子の木を横目に二十分ほど歩くと目的地に辿り着いた。そういうわけで、浴衣に着替え、青色の浜辺で砂に蒸されることになったのだ。

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家族連れや恋人同士が多い。案内看板にも目立っていたが、中国語も時おり聞こえてくる。

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蒸される当人としては、手足の血の巡りが良くなるのを血を以て感じ、頭は次第にクリアに冴えていき、普通の温泉とは何味も違った感覚を味わえる。他所から見ると絵面が割りとシュールだが。併設の浴場で砂を流してひとっ風呂浴びる。殆どの人は砂蒸しに満足してそそくさと出ていってしまっていた。

 

戻ってきた鹿児島中央駅で待ち合わせをしていた。無事落ち合うといきなり尻を揉まれた。この人は毛利先輩といって高校時代の先輩……ではない。なんか自分でもそんな気がしていたが、正確に言えば「1日も在学期間が被っていない代の高校の先輩の元中の人」だ。あれ?俺、この人のなんなんだ?まあそういうことは放っておいて、本当の偶然に鹿児島を同じ日に旅していたというのが驚きだ。ありがたいことにご馳走してくれるというので、遠慮なく鹿児島らしい豚料理を駅ナカでいただく事にした。

「遠慮しないで、好きなもの食べていいから!」そういう毛利先輩は調味料の蓋の取っ手が乳首に見えるとかで二、三分興奮していた。結局先輩と同じセットを頼み、贅沢なひとときを過ごす。もし一人だったらコンビニで適当なご飯しか食べていなかっただろう。お互い一人旅、会えてなければこの先誰ともまともに会話もせずに旅行を終えてたね、という感想はその通りだと思うし、そもそも鉄道旅行者である先輩とはそっちの話も盛り上がった。気がついたら豚カツはなくなっていた。

「まだお腹空いてんだよな」

同感だ。その言葉を受け、鹿児島名物のあるデザートを思い付いた。市電に揺られて天文館通に行くことにした。

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シロクマ。最近はバーのアイスにもなって市販で売られているが、こうやって本家を見るとなるほど確かに白熊に見える。先輩は普通のを、僕は小さいのを頼んだが、小さいのですら並のかき氷の倍は量があると思う。初めてラーメン二郎に行ったときと同じ感覚を人生で再び味わうとは思っていなかった。しかし並のと違うのは量ばかりでなく質もであり、練乳をかけた甘い表面に幸せな気持ちを舌から感じているとふわっとした内面の氷がすぐに口の中で消えてしまう。儚い理想を追い求めるがごとくせっせとスプーンを皿に運び口を満たしていく。雪のように軽いので見かけのわりに厳しいということはない。

先輩はこのブログを読んでいるらしい。嬉しい限りである。また鉄道トークになった。そんな中で何気なく先輩が口にした「旅はそこで何を''感じた''か、だと思っている」という言葉に確かになあと思うと同時に一人で勝手に後ろめたい思いをした。最近の旅行はどこをどう効率よく乗ってしまうかばかり考えて、適当に観光地を見るだけで、何か心から強く感じたいという働きかけが足りていなかったのではないか、そういう姿勢を取った方が遠回りでも豊かな旅になるのではないか。旅先の名も知らぬ駅を「名も知らぬ駅」として、途中下車した駅をただの休憩地だと思って素通りしてきたのは、勿体ないことだったのではないか。そういう考えを巡らせているうちに食べ終わってしまった。不意に先輩が口を開いた。

「一個後悔してることあんだよね」

「なんですか」

「これ小さいサイズでよかったわ」

地球温暖化の成れの果てみたいな白熊が先輩の皿で蕩けかけていた。

 

翌日は知覧に行くらしく東横インに泊まる先輩(ただし途中競艇のチケットショップに問答無用で入り普通に賭博を始めようとしたものの発売期限がタッチの差で終わりそこそこ悔しがっていたのは内緒である)とは夜も更けぬうちにお別れとなった。結局デザートまでご馳走になってしまって申し訳ない気持ちで一杯である。それでも笑顔で手を降って駅の方へ大通りを歩いていく、そんな先輩を見て僕はひとつ思う。旅でどういう出会いをしたのかも、相当に重要なことなんじゃないか、と。

 

続く