月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

夜、東海道を抜け出して 南九州到達旅行-1日目(2019/11/2)

 お久しぶりですね。北海道旅行の続きを書こうと思っていたのですが、実はあのあと友人たちと合流して旅行を続けたので、なんと「ほぼ全ての写真に人の顔が写っている」という状態になっておりとてもブログには書けるものではなく、結局二ヶ月近く更新をおサボりしていたのです。かといってその間に何かあったかと言われると大したこともなく、強いていうなら成人したぐらいなのですが、そんなことを書いてもつまらないので、こないだ九州に行ってきたときのことを書きたいと思います。今回は途中放棄しないようにしたいですね。

 

2019/11/1

 

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22時24分、横浜駅は毎晩特別な瞬間のなかにある。平塚行きとか熱海行きとかいった「当たり前」が電光掲示板から繰り上がり消えると、突然出雲市行きと高松行きの特急の案内表示が姿を現す。構内の自動放送では次の寝台特急を利用の客は六番線に並ぶように、と繰り返される。日本最後の寝台特急が発着する瞬間。毎日繰り返される非日常。それがこの時間なのだ。

大学帰りにホームで夜行列車を待つ。かつて高校時代には学校帰りに秋田まで行って寝台列車に乗ったという経験もあるが、あれももう失われた方法となった。時刻表に流れ星のマークが施される寝台列車も、最早これからやってくる「サンライズ出雲・瀬戸」を残すのみとなってしまったのだ。盛者必衰諸行無常、栄華を極めた夜の列車たちもあれよあれよと消えていき、北斗星が廃止されてからもう四年も経つ。残滓にすがれたありがたい時代はもう終わりかけている。では往年を偲び、二十五年ほど前の時刻表を見てみよう。栄冠ある列車番号一が振られた長崎行き「さくら」号が食堂車を連結して十七時一分にやってくる。その次は西鹿児島行きの「はやぶさ」号が二十五分後。さらにそのちょうど一時間をあけて長崎と熊本を同時に目指す後発の「みずほ」号、わずか十五分後には宮崎行きの「富士」号の到着となる。この次でようやく「出雲」1号が登場だ。横浜駅は19時11分発。僕がまだ晩飯を食べていた頃合いだ。行き先は浜田といって出雲市よりさらに西にある。その後二台体制のあさかぜが十五分違いで行ってしばらくすると、21時13分に高松行きの「瀬戸」号、21時42分に出雲市行きの「出雲」号がやってくるわけだ。これが今の「サンライズ出雲号・瀬戸号」の源流であり、それより前に横浜に着いていた全ての列車の末裔として今なおただ一本横浜駅を毎晩発車している。他の列車と違って花鳥風月の美しい名前をつけられたわけでもなく、安直にも地名を冠した二列車だけが残ったのは何かの偶然だろうか。

 現代において夜間帯に宿泊費を浮かしてまで移動するなら深夜バスが主流だろう。それでも、出雲と高松という東京からバスや航空機では微妙に行きづらい距離感と、完全に横になれるという最大級の長所は列車として太刀打ちするのに十分なものである。尤もその最大の魅力は、眠りにつきつつある街中を普段使いの線路に沿ってコッソリと抜け出す、ある種背徳感に近い何かと、流れる車窓に置き去りにできない如何しようもない浪漫にあると、僕は未だに思っている。

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今までの客車が夜をイメージした青色だったのと対照的にサンライズエクスプレスはその名の通り、金色の帯を地平線に見立て、燃え上がる朝陽に染められた暁天と大地のごとき配色をしている。何よりコイツはデカイのだ。ダブルデッカーの巨躯は目の前にいる誰をも圧倒する。

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横浜を静かに走り去る。懐の寂しい大学生は寝具付きの車両の切符なぞ撮る気にもなれず、追加料金が2000円を切るカーペット車に乗り込んだ。他の客も大体僕と似たようなもので、旅慣れた中年や同じぐらいの年頃の大荷物の人々ばかりである。時刻表に布を敷いて枕にし、持ってきた毛布を布団にすれば、存外寝心地も悪くない。木目調の優しい車内から明かりが消えた。寝るのに電気を消すなんて当たり前のことなのだが、列車の中でやられるとやっぱり不思議なものである。

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山を貫き、川を飛び、幾多の町灯りを昨日に残して、寝台特急は朝日をめがけて走り続ける。なかなか寝付けなかったのもあるが、最後に窓から外を覗いたときは豊橋だった。目を覚ますと、神戸だった。

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いい旅行になりそうな気がした。

 

岡山からは新幹線に乗り継ぐ。九州入りを始発の新幹線や飛行機より大分早められる手段としてそこそこ知られており、別段不可思議な乗り換えではない。

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そういえば今日は三連休だな、と思い出した。しかも初日である。九州行き始発の新幹線など混むに決まっている。自由席は三両しか連結されていない。指定席は完売らしい。自分の後ろに並んだ人の多さと、到着したみずほ601号から吐き出された客の多さ、デッキで呆然と立ち尽くす人の表情を見て全てを悟った。

その割りに一席だけ空いていたので座ることが出来たが、当然列に二番目以降、つまり僕より後に並んでいた人はデッキからも溢れかえり通路で立っていた。山陽路に朝日が差し込み、超満員の列車は広島と小倉で僅かに客を入れ換えた後、博多で耐えきれなくなった堰のようにドッと降ろした。僕もその波に乗った。実に三年ぶりの九州上陸である。

博多はその九州随一の都市だと言うのは自明なことだが、新幹線乗り場の駅ナカの充実以外は、仮にも主要路線である鹿児島本線の久留米行き快速の閑散とした車内だとかを見るにどこか落ち着いてる。新宿とかの途方もない忙しなさと言うのがない。快速がするりと通過する駅も中ぐらいの私鉄の駅のような造りだ。そんなこんなが二十分続いて降りた原田駅はホームの裏手が山だった。駅名標は緑をバックに自然味溢れる雰囲気で撮れる。新宿から二十分だとどこだろう?武蔵境あたりかな……。

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原田からは筑豊本線に乗り換える。本線の名が付くが走っているのは単行のディーゼルだけで、鹿児島本線のホームから隔離された頭端式の0番線にひっそりと佇んでいた。乗った段階で乗客は僕だけであったが、駅前に出て伊能忠敬銅像を見たりトイレをしたりで戻ってみると4,5人に増えていた。それでもまあ、4,5人は4,5人である。仮にも本線を名乗る路線が1日に7本しかない閑散路線というのはどうなのか。その謎は田園地帯を抜け、終点の桂川に着くと分かる。

桂川には二つの路線が乗り入れ三方向に渡って伸びている。一つはいま乗ってきた原田方面。もう一つは筑豊本線の折尾方面、そして篠栗線の博多方面である。後ろ二つは直通運転をして福北ゆたか線という愛称までもらっており、博多とベッドタウンを結ぶ通勤路線としての役割を果たしている。要するに筑豊本線の中で原田と桂川の間は他の区間と分断されていて、まるで違う様相を見せているというわけだ。3両も繋いだ電車が立ち客を出すほどに折尾へ向かって出発した。なぜかアナウンスで車内で座るのは迷惑だからやめろと繰り返し流れる。そんなに座り込みをする人が多いのだろうか?

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すぐに新飯塚に着いた。郊外の都市としてはそこそこな大きさをしているが、ここからも後藤寺線というローカル線が発着している。これを乗り継いで田川後藤寺に着くと、今度は日田彦山線というローカル線にまた乗り換えることが出来る。この辺りは第三セクター平成筑豊鉄道も含めかなり入り組んでいるのでのりつぶしオタクとしては厄介な区間であり、筑豊路線群と個人的に呼んでいる。ではなぜ筑豊路線群はここまで勢力を拡大しているのか?答えは簡単で、筑豊という言葉から連想もされるように、石炭等の資源輸送のために多くの鉄路が引かれた跡なのだ。エネルギー転換の進んだ現代において、勿論そのような貨物輸送は行われていないので「跡」と言ったのだが、旅客輸送はバスに任せればよいと廃線になった、「跡」の残らなかった路線が無数にある。

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そういえば平成もちょっと遠ざかってきた気がする。雪が降ると時代が遠くなると言われて久しいが、たかが半年前のことが随分昔のことのように感じる。

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18きっぷシーズンでもないので、旅人らしき旅人は僕だけだった。地元客に混じったのんびりまったりとした旅行が続く。

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車窓に途中から異様に抉れた山が映る。中腹に工場が設けられ、天辺が丸ごと定規をあてたカッターで切ったかのようにスパッと切られている。まるであるはずのものがないかのような歪な稜線である……、というのは半分本当で、ちゃんと山頂があったのだ。名を香春岳といって、炭坑節にも歌われた名のある山である。昭和の時代に高品位な石灰石が採掘出来るので山の上部が削られてしまった。秩父武甲山のように段々があるわけでもなく、ちょっと衝撃的である。

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 更には「採銅所」なる駅もある。この一帯がどういう産業で出来てい他のか、ただ列車に揺られるだけで一目瞭然なのも他にはなかなかない不思議な体験だ。ちなみに本来はない列車交換をこの駅で行ったのだが、これは臨時列車だったらしい。しかしどういうわけか、このツートンカラーはやはりこういった路線によく似合うものだと改めて思う(なお普段このカラーリングの車両は日田彦山線を走らないので極めてラッキーだったと言えよう)。

小倉に向かう列車を城野で飛び降り、今度は一路南に向かう日豊本線に乗り換える。お腹も空いていたが、特に何も思いつかなかったのでケンタッキーフライドチキンを食べた。いつ食べても旨いものは旨い。

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特急乗り換えのため降りた、幾何学性が近未来感を生み出す行橋駅。九州は列車も駅も洗練されているものが多いが、一方で一歩踏み込めば先ほどのような長閑な風景に簡単に触れられるのだからギャップがたまらない。ここからの特急ソニックは遅れていた上にまたもや満員であった。別府を通り過ぎて大分で乗り換え、地元の人々を載せて一両埋まったディーゼルカー由布院に向かってトコトコ走り出した。

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 大カーブで揺り起こされると、山々に囲まれた由布院に辿り着く。豊かな自然にビビッドな車両が不思議とマッチする。ここから久留米方面まで一気に抜けてもいいのだが、せっかくここまできたからにはお風呂に入らないという手はない。

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こういう温泉街は、日帰り客やお一人様としては後ろめたいところがなんとなくある。ただ時折こういう雰囲気のいい浴場に巡り合うことができて幸せな気持ちになれる。駅から歩いて十五分ほどのこの由布岳温泉は宿泊施設の所有物というわけでもなく、安く手軽に入ることができる。時間制で貸し切れる家族風呂とオーソドックスな男湯女湯があり、雰囲気も悪くない。ウリは由布院に着いた時から見える由布岳が温泉の名の通り湯に浸かりながら観れる!というものであり、確かに体を流して露天風呂に出てみれば雄大な山の姿を拝む事が出来るのだが、いざ首まで浸かると完全に壁に隠れ、その壁にカラープリントされた由布岳を眺めるというものであった。まあ温泉自体は気持ちよかったので良しとする。

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これが由布岳である。

由布院を出てから日田まで、しばらく電波が通じなかった。地下鉄も対策工事をほとんどの区間で終えた東京で生活する人間にとって久々の体験である。携帯で暇を潰そうにも潰せない。車窓を見ようと思っても、何も見えない。駅もトンネルの中で止まったのかと思うほど薄暗い。プラットホームの明かりはごく微かで乗客の姿はほとんど見えず、気がついたら車内の客が増えていたりもする。ここは森の中なのか、平原なのか、よく分からない。そのまま日田についた。

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ここからは市街地チックになっていく。座席がぴったり埋まりかけたころ、終点の久留米に着いた。もう疲れていたので新幹線でかっ飛ばして熊本に着いたのは22時近く。昨日家を出てから実に丸一日近く経っていた。

 

熊本駅前はだだっ広い広場に何もなく、市電の乗り場はそれを通ってひっそりと小さな電停を見つけなければならない。二十人くらいが並んでボロの路面電車に乗った。

三連休の土曜日というのもあるだろうが、熊本最大の繁華街とおぼしき銀座通りは酔客、客引き、酔客、酔客、客引き、酔客___。大通りというには画一的で、二軒目と三軒目の間という空間を人々が共有している。知らない街のそんな中を大荷物のリュックサックを担いで今晩の宿を探していると不安になるのも致し方ない。ただのカプセルホテルを探すのに一苦労したのは、それが横軸が銀座通り、縦軸が最大級のアーケードの交点にある、飲んだくれの叫び声の響く場所で、おまけに縦にやたらめったら長く重々しい銀色をした、押すのに勇気の必要なドアーの先に今晩の宿があったからである。

適当な荷物を蚕の飼育箱のようなベッドの下段に投げ入れて、夕飯を食べに行くことにした。宿泊施設の壁すら貫通する歓声は何を食べるかの選択肢が極めて充実していることを裏打ちしている。既に今日という日は残り二時間を切っていて、チキン以来なにかを口に運んだ覚えのない僕は本能のままにラーメンを食べたいと思っていた。

宿を出て繁華街の中心から離れるように五分も歩けば人も少なければ街灯も少ない裏路地に出会す。そこに行列をなしているのが目星をつけておいた店、天外天だ。

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粉ニンニクが邪悪な濃厚スープが魅力的。銀の箱には「醤油にんにく漬け」と「紅ショウガ」が入っていて入れ放題だ。たまらないセルフサービスにワクワクする。それでいて細麺で意外に食べやすい。叉焼が三枚入っているのも太っ腹だ。結局二回も替え玉をして幸せにお腹を膨らませた。

そしたらあとはもう、寝るだけである。

 

続く