月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

さらに続く東 北海道周遊旅行-6日目(2019/08/05)

 

 大分よく眠れた。23時に眠れたのなどいつぶりだろうか。二段ベッドの下段で半身を起こし、ぶつからない程度の伸びをする。窓の外は曇天のようであったが、重苦しさもなく旅するにはちょうど良さそうである。全く心地よい朝で、ドミトリーの他の客は既に全員出払っているようだった。……全員出払っている?あの老人も、イビキ男も、外人のハゲも、全員?今は、何時だ?

 ゲストハウスは釧路駅から歩いて10分のところにあった。途中いくつかの信号がある。本日乗る釧網本線の快速網走行きは8時57分に釧路を出る。今は、8時48分である。

 

久々に走ってしまった。網走行き快速は当然僕が最後の乗客であった。列車内は混み合い、一番後ろのデッキスペースで息を肩で切った。

昨日訪れた釧路湿原駅で多くの客が降りたが、それでもまだローカル線観光目当ての客を積んだままの列車はおよそ一時間で摩周駅に着いた。昔は、といっても僕の生まれる十年くらいも前だが、弟子屈という駅名だった。観光促進のための改名で、僕など摩周の方が分かりやすくて良いと思うのだが、龍ヶ森が松尾八幡平になったり、小郡が新山口になったり、安っぽくなったといえば安っぽくなったのだろう。そういうのが許せない人もいる。まあ確かに慣れ親しんだ名前をポップにされるイラつきは業平橋とうきょうスカイツリー前になったときに感じたことだし、最近だと南町田が南町田グランベリーパークになったときもちょっとムカついたし、もし小机が日産スタジアム駅に改称しようものなら僕は一横浜市民として断固反対し、高らかに横浜市歌を歌いながらレッツダンスウィズヨコハマを躍り、Y150のクモがその辺にしょぼい水をぶちまけながら暴れまわることになるだろう。そしてたね丸が東京を焼き尽くす。


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肝心の摩周湖はバスで登った直後は霧が立ち込めぼやけていまいちであった。とはいってもここは山の上、歩いてどこか行こうにも距離がかかりすぎるし熊が怖い。バスは三時間来ないし、観光センターのようなところで時間を潰した。

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カレーパンの中に半熟卵が入っている。メニューでプッシュされていたので今日の朝ごはんにした。食べかけでごめんなさい。

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せっかく北海道に来たのだからメロンは押さえておきたい。つまようじが二本刺さっているのは、一本では果肉が柔らかすぎて落ちてしまうからだそうだ。確かに頬張ると甘味を残して雪のようにとろけていった。

 

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しばらく待ってみると、白く細い幹をした木々の隙間から紺碧の水面が姿を覗かせた。霧は完全に消えたと見える。これは待った甲斐があるというものだ。展望台まで上がってみる。

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摩周湖を神秘の湖と思わせるのはなんといってもこの青さである。湖底の急激な深度の変化と透明度の高さが産み出す賜物が夏の空より遥かに青いこの湖面だ。摩周ブルーという名前まで特別につけられている。もっとも僕は他に青色をターンブルブルーと限りなく透明に近いブルーぐらいしか知らない。


 山を下り再び北上する列車に揺られる。途中から海岸線に線路が近づくが、格別近い場所で列車は止まった。北浜はオホーツク海の波打ち際に浮かぶ無人駅である。僕だけが降りた。

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錆び付いたホーロー看板はまだここが有人駅だった頃からのものだろうか。

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待合室の中には名刺がビッシリと敷き詰められるように貼られている。なんでもここに名刺を貼ると幸運が舞い込むらしい。しかし僕はこれに肖るために降りたのではない。そもそも名刺なんか持っていない。かつての改札口を潜り、喫茶「停車場」に足を踏み入れた。

客は他にいなかった。店主が一人、カウンターの向こうにいるだけだ。好きなところに座っていいようだ。

「お店の中、撮ってもいいですか?」店主は小さな許可をした。無口な人なのかな、という印象だった。

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駅構内の喫茶だけあって、ふんだんに鉄道グッズが置かれている。座席が車両の廃品なのはもちろん、上には網棚まで取り付けられている。

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扇風機もランプも勿論国鉄のもの。タブレットやサイドボードも置かれている。

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中も見ていてあきないが、外もプラットホームがすぐそばにあるので妙な感覚だ。

観察ばかりしていてはいけないのでメニューを見てみる。ランチメニューを頼むのには少し……いや、かなり遅い。もう17時だ。しかしここまで来たからには、何かそれらしきものを……とメニューをパラパラ捲っていると、あるものを見つけた。それとアイスコーヒーを頼んで、遅い昼食にしよう。

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10分ほどして店主が注文の品を運んできた。せっかく海辺なのだからちょっと贅沢でもホタテカレーを頼んでみた。器がホタテなのがとてもかわいい。そのホタテはというとプリプリした身が優しいカレーの味と合っていてなんとも美味しい。気がついたらコーヒーもカレーも目の前から消えていた。

サムウェア・オーバー・ザ・レインボウが流れた。BGMには微かな潮騒が混じる。窓の外は誰もいないホームだった。

その間に店主がドアの前のOPENの札を裏返し、看板を店内にしまっていた。19時までの営業のはずなのに、まるでもう店じまいしてしまうかのようだ。そういえばさっき誰かと電話していたし、用事でもあるのだろうか?お邪魔な客にならないうちに会計を済ませてしまおう。

 次の電車は1時間半も後。なぜかWi-Fiが爆速で飛んでいるので暇潰しには困らないが、駅待合室のベンチに座っているだけというのもなんだか退屈である。散歩でもしようかと思っていると、不意に喫茶から店主が出てきて、僕に話しかけてきた。忘れ物でもしてしまっただろうか。

「本当はもう少しゆっくりしてもらいたかったんだけどね。」と、店主は優しい笑顔を見せた。ごめんね、と繰り返しながら僕に白い包みを渡した。「それね、自家製の餡ドーナツ。」開けてみると、今にも溢れ落ちんばかりに砂糖が散りばめられた餡ドーナツだった。小学生だった時分に砂糖揚げパンというのが時々給食で出て大好物だったが、それを思い出させるような、甘くて優しい、どこか懐かしい味がした。しかし餡ドーナツはメニューに載っていなかったはずだ。まさか僕のためだけに作ってくれたのだろうか?「また来ます、今度はランチメニューを食べに。」と自分で言ったものの、こんな遠いところまで次はいつくるのだろうと思う。でも店主の後ろ姿を見ると無性にまたここにご飯を食べに来たくなったのだった。

 

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いつの間にか夕日が沈む時間だった。とびきり大きな太陽が通るもの少ない獣道を照らす。

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稜線の向こうに球体が姿を隠すと、ひとときのグラデーションの移り変わりを楽しめる。

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釧路方面の列車を駅併設の展望台から見送る。

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これは網走行き。これに乗らないとこの駅で野宿になってしまう。撮ってから駆け下りて乗車した。

 

網走の乗り換え時間は短く、ちょっとした眠気とともに僕は普通列車に乗り込んだ。ガラガラの車内ではボックス席を独り占めできる。3つの席を使って体をL字型に折り曲げ、頭の下に時刻表を置いて枕にすれば、自分だけの寝台車の完成である。列車の窓を見上げるというのもこうしてみないとなかなか出来ない。細い三日月がカーブの度に左右へ流される。不気味なほど赤暗い月だった。

 

 北見は想像の十倍栄えていた。駅舎が真新しいだけでなく、駅前の建物も一様にピカピカで清潔感にあふれている。アーケードには塾帰りの少年少女が屯していた。歓楽街の居酒屋通りはシャッターをほとんど下ろさず、タクシーが列をなして客を拾おうと待ち構えている。賑わう街をよそにセブンイレブンで買った適当な弁当を温めて四千円のビジネスホテルで食べた。でもなぜか美味しく感じてしまうのだ。

 

続く