月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

東に果てる原野を進め 北海道旅行-5日目(2019/08/04)

先週はこの記事の写真をアップロードするのを面倒くさがって適当な記事を書いたら、思わぬ反響を呼びアクセス数も数ヶ月分たまってしまったのですが、相変わらずくそみたいな旅行記をつけていく事にします。こないだの記事で読者になってくれた皆さん。期待しないでください。

 

2019/08/04

 

 朝4時。何かに起こされるでもなく目が覚めた。網戸越しの釧路市街にウミネコらしき高い鳴き声が聞こえる。

六人相部屋のうち、一番最初に起きたのが僕のようであった。そりゃまあこの時間だしな。静かにベッドから身を出して、バッグの中の要らなそうなものを手当たり次第ロッカーに詰めた。お陰で大分荷物は軽くなった。連泊、万歳。

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5時35分釧路始発根室行きの快速はなさきは、地下通路を通って三番線からの発車である。夏だというのに厚手の白服を纏った駅長が改札前の客を誘導していた。根室行きの切符を自動改札に入れる前に駅務室の中を覗いてみると、「血液・原稿輸送」と書いてある板がぶらさがっているのが目立った。その下には赤十字の書かれた血液を入れる箱が置いてある。原稿はともかくとして、特に冬場は道路や空路を使うより特急に頼った方が血液は早くそして確実に届くということだ。この時代においても札幌・帯広からの特急列車に血液を「同乗」させているというのが雄大で厳然たる北海道らしい。鉄路は字義通りに動脈であるが、ではここから特急も走らず循環もしない行き止まりの根室行きは、何の血管なのだろうか。

 

 滝川から総延長443.8kmの根室本線の末端区間がこれから乗る釧路から根室である。しかしその距離は100kmを裕に越え、快速列車であっても2時間半はかかる。この区間には花咲線の愛称がついており、乗る快速の名もはなさきというが、花咲駅自体は数年前に消滅してしまった。それでも花咲というメルヘンじみた名前を使うのは、極東の国のそのまた東の果てに花畑のような楽園めいた光景があるみたいで好ましい。列車はありきたりな市街地を抜け東釧路に停まると、五駅飛ばして次は厚岸まで停まらない。最初は工場や道路といった人工物も見られたが、気がつけば列車は緑の中を進んでいた。森と言えば森だが、原生林、などと呼んだ方が良いかもしれない。手付かずとはまさにこのことで、線路がある以外は何十年何百年と変わっていないであろう木々の姿である。時折見える水辺なども川というより沢と呼ぶべきだった。倒れた細い木々が幾つも橋のように水面にかかり、そこに流れはなく、ただ歪な鏡が無数に横たわっているようだった。

その中で国鉄型の時代外れな甲高い警笛がピヒョーと響くと、それは特に味気もないトンネルを通るサインであった。随道に入る度に車内を見渡した。僕以外に乗客がちょうど10名おり、その大半が旅の途中のようである。寝ているか外に見蕩れているのかのどちらかだった。浅黒く焼けたスポーツ少年とその親は地元の人のようであったが、もしこれが夏休みでもなければ乗客は彼らだけだったのかもしれない。

厚岸の手前、門静の駅を通過すると右手に突然海が広がる。先ほどまで朝日の光で満ちていたのに、空は低い雲で覆われてしまい、厚岸の町も山の尾根は白く隠されている。

また暫く進むと茶内という駅に停まった。列車交換のため6分停まる。釧路方面の対向列車を待つ人のなかに、喪服を着た人々がいた。それぞれにドラマがあり、各々に意味があってこの鉄路は成り立っていることを実感する。その上り列車には20人近く乗っていた。予想を遥かに上回る数字であった。

厚床を出て晴れたかと思えば、今度は霧が現れた。

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無限の原を超えた根室もまた曇天の下にあった。期待していたのだが、路線バスに乗り換えて辿り着いた納沙布岬も霧に飲まれていた。僅かに眼下に広がるのが海面かどうか分かる程度で、北方領土を見渡すことなど出来そうもないぼやけた世界が広がっていた。

 バスを降りて岬の展望台に向かうまでにまず真っ先に目に飛び込んでくるのは北方領土資料館だし、至る所に「返せ!北方領土」の碑が建っている。これだけ眺望が悪くては五十分後のバスまで暇で仕方がない。まあ、見ていこう……。

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あっ

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お前!!!!!

この鳥は名前を北方領土エリカちゃんといって、北方領土返還のイメージキャラクター的なものなのだが、ちょっと有名なのは如何せんツイッターが攻めすぎだからである。

キャラクターが一問目からそんな問題出すなやとしかいえないのだが、僕が言えることは一つだけである。

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こいつの嘴はポストの投函口になっていて名刺サイズのこの紙の内容がエリカちゃんまで届くらしいので思わず筆を走らせたが、よく思えば最近エリカちゃんをタイムラインで全然見かけない。調べたらどうも以前のノリは無くなってすっかり駅の鳩レベルの大人しさになったらしい。多分怒られたか中の人が変わったんだろう。僕はこれを消しゴムで消して財布にしまった。

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結局戻ってきても何も見えないままだった。ただ僕は、この国の一番東にいた。極東の、その極東。

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ちなみにそこまで来たことへの証明書が貰える。「本土」四極には他にも同じ証明書があるらしく、裏面は合体させると一つの絵柄になるように作られているらしくコンプリート心をくすぐるが、九州の二つは鉄路からややアクセスが悪いのでコンプはいつになるか分かったものではない。もっとも、細心の注意を払ってリュックサックに詰め込んだはずのこの証明書も帰ってきたら木っ端微塵になっていた。つまりもう一度根室岬に行く必要が出来たのでより完成は遅くなると思われるが、日の当たった灯台から青空の下の歯舞群島を見るというもう一つの口実もあるので、もう一度来ることはもともと決まったようなものである。

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九時五十五分発のバスに乗った。どうにも朝が早すぎたせいでお腹が減って仕方がない。十一時に昼飯にありつける可能性はそんなに高くはないが、根室に来たならば、と調べてみるとやっていた。

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ニューモンブランといういかにもな名前もだが、薄暗い店内に昔ながらの喫茶店の匂いを感じる。メニューは開くまでもないが、一応見るふりだけしておいて、名物エスカロップを頼んだ。

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バターライスの上にトンカツを乗せ、またその上にデミグラスソースをかけ、お好みでソースまでかけていいという夢のようなこの食べ物こそが、根室名物のエスカロップである。ボリューミーでこそあれ見た目の割に重くなく、いつまでも一口目のような想像以上の味わいで楽しめる一品だった。これが美味しくないわけがないので、これ以上の食レポは省きます。

 甘味のあるオニオンスープに温まった後で、次の列車が二時間後であることに気づいた。しかしいつまでも喫茶店にいるわけにもいかない。気がつけばもう一人いた客は何処かに消えていた。会計を済ませ根室の街を散歩することにした。

 

 不思議な街で、どこもかしこも青看の表記にはキリル文字が踊っている。そしてイメージとは違い、海と坂の町だった。

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夏の海へと一直線に続く急坂と海岸線に平行な坂道はどこを登ったのか降ったのか分からなくなるほど入り組んでいて、実は上から見たらペンローズの階段のようになっているかもしれない。

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浜辺に出たらもうそこは港町で、何を運ぶのかわからないベルトコンベアーとか小型船とかがそれを物語っている。暇なのでテトラポッドに登った。

https://www.youtube.com/watch?v=jedA2wBRUUc

次はカブトムシになるしかない。

 

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駅に戻ってきてよくみると、「朝日に一番近い街」という謳い文句が掲げられていた。日本で一番早く朝が来て、日本で一番早く夜になってしまうこの街は多分来ようと思わなければなかなか来ないんだろう。億劫になってしまう前にまた、今度は冬にでも来てみたいな、と思って調べたら、日没時刻が16時だった。

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 いつの間にやら太陽も顔を出し、海が車窓にあったことに帰りに気付いた。それからしばらく眠りこけていたら、どこから乗ってきたのか、ほとんど座席が埋まっていた。

 

 東釧路で乗り換える網走行きの釧網本線も、6割ぐらいは乗っていた。同じ車両で代わり映えもしないが、次見る景色はガラッと変わって湿原である。安直なネーミングの釧路湿原駅で降りる。ログハウス風の駅舎がなければそこはただの森であった。

 階段を登り坂を歩く。展望台とはいうが、果たしてどのぐらい見渡せるのだろう?そもそも湿原とはどんなものなのだろう?まあ言うほどじゃないだろう。そんなに期待せずに、案内標識に従って小道を抜けて展望台へ出た。

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大自然が僕を待っていた。

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蛇行する川、今まで見たこともないほど広がる野原。どんなにカメラを広角に寄せても収まりきらない。想像を絶するスケール感は、左側に釧路市街がなければ列車で来たのを嘘と信じてしまうほどである。創作でしか見たことのない世界が実在した。

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どうせ列車はしばらく来ないので暇だが、どうにも付きまとってくる虫の羽音が気になるので駅舎に戻って一休みした。せっかくだから日没間近にもう一度見に行ってみよう。そう意気込んでいると、外から女性の悲鳴が聞こえた。なんだなんだと見てみれば、若い二人組の女性が虫にガチビビリしていた。まあ確かに音は気に障ったけれど、何もそこまで……と思っていると、五百円玉大の蜂が飛んでいた。僕は帰る前に虫除けスプレーを買うことを固く胸に誓った。

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肝心の夕焼けは見られなかったが、宵闇に飲まれる前の湿原が織りなす壮大な景色には十分心打たれた。それよりも日没ですっかり暗くなった森を蜂の存在に怯えながら小走りで抜けたら階段で一段ずり落ちて綺麗で情けない捻挫を足にお見舞いされてしまったので、明かりもつかない駅舎で踝のあたりをずっとさすりながら列車を待った。痛いのは足だけじゃない。前を歩いていた何人かに尻餅をついたのを明らかに視認された。その人らもログハウスの中にいる。恥ずかしい。心が痛い。

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列車は案の定ガラガラだった。釧路まではそう遠くない。

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そんな時に食べるラーメンは、何よりも美味しい。釧路ラーメンは北海道四大ラーメンに数えられるそうだが、このあと残りの三大ラーメンを食べ尽くすことになるほどの長旅が残っているとは考えもせず、足を引きずりながら再びゲストハウスに戻った。

 

続く