月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

とんがりバス 北海道周遊旅行-4日目(2019/08/03)

先週はお休みしてすいませんでしたが、こんなクソブログを読んでる人が時間に律儀だとは思えないので、積極的にお休みしていこうと思います。

 

2019/08/03

 五時半にかけた目覚ましで目が覚めた。清々しい朝の空気に包まれた静内の町は、ただ寂れる訳でもなくやはり名の通り静かだった。長閑とか、そういう言葉がよく似合う。

 今日進む一帯はコンビニなんてあるか分からないインコンビニエンスと思われる場所である。朝食をコンビニで補給しておこうと思いホテルから駅の逆方向へ少し行くとローソンがあった。セブンイレブンもあった。セイコーマートもある。
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意味が分からない。何だこの群雄割拠コンビニ戦国時代は。都内でも滅多に見ない三つ巴のコンビニ合戦が日高の地で行われている。こんなに近くに置く意味あった?最後に出店した奴絶対わざとだろ。そういえば洞爺湖セイコーマートに入ったので、今日はローソンで適当なパンを見繕った。

 

 昨日と同じ場所にJRバスが泊まっていた。ここから二時間、様似までもまた代行バスで南下していく。乗客は僕一人だった。

 ここから僕がバスに乗らざるを得ないということ、つまり 日高本線が長期に渡り不通となっているのは、2015年に爆弾低気圧による高波が線路被害をもたらしたから、という理由である。つまり、いくら異常な天候といえど線路に波が被ってしまうような場所にこの路線は道が敷かれているということになる。海が見える路線というのは全国各所に多くあるが、その大抵は線路と海との間にワンクッション道路やスペースがあり距離が保たれているか、線路が少し高いところに位置し滅多なことでは波が来ないようにしてあるかのどちらかである。だがバスが進むにつれて分かった。右一面は海霧立ち込める夏の太平洋である。線路は左右に時々顔を見せるが、右にあった場合それと海を隔てる距離も高さもこの路線が随一小さく低い。これは波に飲まれてしまったのも頷ける。

しかしまあ本当に濃霧である。昨日は宵闇の黒色に視界を奪われていたが、今日も少し山の方へ入ってしまえば同じように少し先も見通せない白色の薄いカーテンがあるかの如き阻まれ様である。

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 沿線は思い描いていた雰囲気と違った。ローカル線沿線に多い崩れかかったような建物はほとんどなく、むしろ最近建て替えたとおぼしき小綺麗で立派な一軒家が立ち並ぶ。先述の通り道路と線路はほとんど隣に進んでいくから道路際だけ栄えたというわけでもなさそうだ。ふと海の方を見やると、何人かが海岸線に集まっているのが見えた。同じようなグループがポツポツと見える。みな漁業用の作業服を着て、地面に置いた赤茶色の何かに触れている…… 昆布だ。昆布干しはこの辺りの夏の風物詩だという。よく見れば何艘かの小型船も見える。漁業で栄えているのだろうか。全然インコンビニエンスではなかった。

 朱色の手すりの橋の上で上りの代行バスとすれ違った。こちらには4,5人乗っていると見受けられたが、全員学生のような雰囲気であった。服装からして夏休みの部活だろう。朝から運動する元気がヨボヨボ大学生には羨ましい。老いなのか冷え症もあって空調が寒い。最近五本指靴下の偉大さが分かるようになりました。上着を羽織直したあと、日高三石と本桐から一人ずつ乗ってきた。自分より年の若いと思われる女性二人だった。荻伏からも同じような客が二名。それから東町で全員降りた。また乗客がぼく一人になったその頃、霧は晴れ太陽の光が射してきた。

 

様似駅前でバスを乗り換える。ここからは鉄路が引かれたこともない、襟裳岬までの純粋な路線バスである。時刻表にざっと目を通し、次のバスを確認する。予定では一時間後であるが、念には念を入れる。するとどうだろう、あることに気がついた。もしかすると今日は土曜日ではないのか?携帯のカレンダーを開いてみるとその通りであった。一方目の前の時刻表では、土曜ダイヤは学校用に本数が少なく設定されている。そして一時間後のバスは今日やってこないということが分かった。乗る予定だったバスが一瞬にしてなくなった。どようびはザラキをとなえた! バスはしんでしまった!

 端的に言ってやることがなくなった。前日静内を宿泊地に選んだのは、そこより北からでは襟裳岬で一度降りて観光する時間が取れず、ろくな観光ができなくなることを危惧したからであった。帯広方面へ接続するバスは本来ならば一日三本。うち最後の一本にもともと襟裳岬から乗る予定であり、最初の一本は今日はないことになったので、次の真ん中のバスでギリギリ襟裳岬での途中下車が許される。助かった。

様似駅はホームに出ることも出来たが、線路は赤く錆び構内の掲示もほとんどバス関連のものだった。駅窓口だった場所はバスの切符売り場となっていた。果たしてここが駅として再び賑わう日は来るのだろうか、などと考えながら、青いベンチに帽子を置いてカラダを横に倒す。暇な三時間を睡眠で潰した。

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寝不足を解消した後で上体を起こすと、目の前にこんなポスターを見つけた。

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事前のリサーチでは見つけることのできなかった切符だが、大変お得である。襟裳岬で一度降りるだけで元がとれるのでこれを買わないという手はない。とんがりロードという名前もいい。確かにえりもの辺りはとんがっているというのが似合っている。

 様似から先はより岩礁際の海岸線に近づいていく。断崖絶壁を切り開いたこの国道336号線を走るバスは時折強風や波浪などで襟裳岬を通るルートを迂回することもあるが今日は辿り着けそうである。洞門の明り取りが海上の煌きを点滅のように写すが、そこにある太平洋は僕の知っているそれより気性の荒い雰囲気だった。

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やがてバスは木の柵の向こうに原が続く地帯に進む。僕はとうとう襟裳岬に着いた。降りるやいなや、最果てのバス停に風が強く吹きつけた。

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碑が多く建っている。ちょっと古めだが観光センターで土産物や魚介類も買えるし、観光施設「風の館」でアザラシウォッチングも楽しめる。「何もない春」と歌われた岬も、もはや観光スポットだった。

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日高山脈が海をも貫き岩礁が先まで続いている。断崖絶壁の奇景に純粋に感動もするが、晴天なのに油断すれば帽子が飛ばされそうな強風が北海道の南に突き出たあの場所にいるんだ、ということを思い知らせてくれる。

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トレードマークは白色の灯台。母が「襟裳岬灯台は白いか確かめてきて」と旅に出る前に言っていたが、いったいなぜ灯台が白いことを知っていたのだろうか。歌詞とかも特に検索しても出てこないので、謎である。

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襟裳岬」と書かれた碑から二股に分かれさらに先へ進むことができる。右へ進めば観光地色の強い道ですぐ行き止まりになるが、左側を選ぶと花咲く最果ての道を行ける。歩を進めるたびどんどん原風景に近づいてゆく。

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この道を最後まで進むと、砂利道の上に何軒かの昆布漁師の小屋と遭難追悼碑がある場所へ行ける。素朴な趣のあるそこが本当の南限のようであり、引き返した。 

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ふと来た道を振り返ってみると、いかにも夏の北海道といった風景が広がっている。

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風が強すぎる。

 再びバスに乗る。この一帯は「黄金道路」の別称を持っており、さぞ美しい景観が待っているのだろうと思いきやその実あまりに莫大な費用を掛けて建設されたのが理由という皮肉な名前であった。5km近い道内一の長さを誇る隧道の名も「えりも黄金トンネル」である。是非とも「黄金人生」を送りたいものである。
 

 広尾で乗り換える。ここから帯広まではJRバスではないが、もともとはJRが持っていた路線の区間である……と言いたいが、国鉄がJRになる直前に廃止されたので厳密にはそうではない。三十二年前、ここから伸びた鉄路は外されてしまった。つい最近までその頃の駅舎も残っていたというが、取り壊されてもう真新しいバス待合所が建ってしまった。その裏のホームがあったと言われればそうかもと思える微妙なスペースと、隣の公園に蒸気機関車の動輪と腕木式信号が置かれていること、ロータリーが不自然に広々としていることぐらいが往時ここに広尾線があったことを偲ばせる。

 その広尾線は北海道に数多くあったローカル線のうちの一つではあるのだが、ちょっと特別な路線でもある。この路線が廃止されるまで、日本で最も長い切符を作ろうとすると必ず広尾が始発駅になったのである。「最長片道切符」と俗に呼ばれるこの切符が世に広まる切欠を生んだのは、やはり鉄道紀行文の第一人者にして至高の存在・宮脇俊三氏の著作である「最長片道切符の旅」だろう。もちろんこの作品の旅も広尾から始まる。しかしバス待合室の本棚に、「最長片道切符の旅」はなかった。

 

 帯広行きのバスは忠類でしばらく止まっていた。運転手が降りているようだ。どこへ行ったのだろう?窓の外を見ると、こそこそとタバコをふかしていた。そんなに隠さなくても良いのになあ、と思う。律儀に備え付けの灰皿を使っている。世の中これぐらいのアバウトでいいのになあ。

 背の低いとうもろこしの畑が続いた。夕暮れの畑と鉄塔を過ぎていく。北海道のバス停の名前は方角と自然数と号の組み合わせばかりである 。西12条34丁目など、最早ふざけてつけた名前ではないかとさえ思われる。しかしどうにも北海道の地名というのは旅する心をくすぐるのだ。アイヌ語由来の不思議な漢字の地名も、開拓の痕跡となる無機質な地名も、余所者からすれば北海道「らしさ」を引き出してくれる。襟裳の由来は「岬」を意味するエンルム。このバスの目的地の帯広はオペㇾペㇾケㇷ゚から来ている。多分人生で二度と発音しないと思うけど、アイヌ語をちょっと勉強してみたいのでもしかしたら発音するかもしれない。後期は第三外国語にアイヌ語を選ぼうと思う。開講してないけど。

乗り降りの激しい札内界隈を過ぎ、しばらくまたぼうっとしていると、イトーヨーカドー前のバス停に泊まった。スタバ、マックスバリュニトリなど各種聞き馴染んだ店舗が揃っている。帯広市街に近づいてきたらしい。大分長いバスの旅だった。悪くはないが、電車と違って立ち歩いたりできないので窮屈な思いをした。

 

 バスを降りて夕食に狙っていた店を尋ねると長蛇の列が成されていた。並ぼうとすると、最後尾の金髪の外人の女性が何やら札をこちらに見せつけてきた。「本日ここにて最終。」ということは、有り付けないというわけだ。女性はしきりに「No more I can understand.」と繰り返している。意味を理解していないのだろうが、彼女は非常に幸運である。なんか最初の方映画泥棒みたいだったけど。

 

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諦めて結局少し歩き、駅ナカの「ぶたはげ 帯広本店」に落ち着いた。帯広に来たらどうしても食べてみたかったのがこのB級グルメ豚丼である。一見ジャンクでどこにでもありそうな取り合わせではあるが、胡椒のよく効いた柔らかい豚が鰻の蒲焼きに似たタレの絡むご飯とマッチして最高に美味しい。

 食べ終わって出るや否や豚丼屋は店仕舞いをしてしまったが、次の列車まで一時間もあるので街中を彷徨いてみる。十勝の中心地だけあって流石に大都市で、飲食店が照明を煌々とさせている。アーケードでは夏祭りをやっていた。雰囲気は平塚の七夕祭りのようである。聞き耳をたててみると、浴衣姿の女性が男と腕を組ながら、別の男をからかっている。この男も女性を連れてきたようだ。「ねえ!誰と来たの!教えないのよくない!」「いや、それは……」青春かよ…… 

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クソみたいな青春と家族連れの温かさに胸焼けしそうな夏祭りの的屋通りを後にして、帯広駅へ戻ってきた。改札を通ろうとすると駅員に声をかけられる。「あなたも釧路に行きますか?」その通りである。あなたも、とはなんだと思うと、一人の女性が改札前に立っている。彼女も釧路行きということか。「特急はさっき鹿をはねちゃってね、遅れてくるよ。」よもや宿に辿り着けないのではと暗い考えが脳裏を過ったが、聞くところによればせいぜい15分の遅れだそうである。確かに千歳から東に進む石勝線と根室本線は人里離れた大自然に鉄路を引いたようなものではあるが、流石に慣れっこといったところだろうか。

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綺麗な高架の駅舎である。向こうのホームでは普通列車が切り離しの作業をしていた。

駅員の言う通り、釧路行き特急は15分しっかり遅れてきた。夏休みだからか列車は2両を後ろに増結しての8両である。指定席はそこそこに混んでいたが、乗る自由席はあっさり座れた。リクライニングしてくつろぐ。

特急列車の大きな窓には勿体なく所々街灯が写るだけである。深い闇の中、暗澹たる森を幾度も抜け、踏み切りを越えたと赤色を見ればまたすぐ黒き自然の中を往く。ディーゼルのエンジンは力強い唸りをあげ、遅れを取り戻そうと必死に東へひた走る。列車は線路の歪みに合わせてがたがたと揺れる。その度に椅子が音を立てた。そんな中でも他の乗客の半分ほどは眠っていたようである。

 

釧路へ辿り着いた。駅舎は新潟のような国鉄の所謂民衆駅で、豆腐のような綺麗な直方体をしている。駅徒歩十五分、一泊三千五百円のゲストハウスが今日の宿であり、六人のドミトリーは僕が最後のチェックインだった。明日の朝は四時起きだけれど相部屋だから目覚ましはかけられない。起きられる確率を高めるよう、僕は早めに目を閉じた。

 

続く