月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

幾つかの出会いについて 北海道周遊旅行-3日目(2019/08/02)

 僕は歯を磨くという動作に対して格別な特異性を認めることはできない。人間が寝るように、食うように、喋るように、当たり前のように歯は磨かれる。それがたとえ太平洋の上のフェリーの中であってもである。だがしかし、この日に限って言えば、就寝前の歯磨きの最後の仕上げに歯間ブラシをくねくねさせていた瞬間が全ての始まりで、終わりだった。

 鏡を通して、僕の後ろに何かがいるのを確認した。フェリーの小さな鏡では全容は掴めないが、蠢く只ならぬ気配を背中が察知していた。勇気を振り絞り振り返ってみれば、そこにいたのは前のめりになって随分小さく見える人間の男だった。なんだろう。歯間ブラシを分けて欲しいのなら、あげるのだが。「お兄さん」男は顔を上げ、僕を見据えてそういった。三十代ぐらいでよく見れば顔立ちも整っていて、どこか武●真治のような雰囲気もある男だったが、項垂れた姿勢のせいかなんとなくだらしない。ちゃんと筋肉体操をしてほしい。「どうかしましたか?」上目遣いに声をかけられた僕が武●真治に言えることはそれが精一杯だった。「酒……飲みませんか?」なるほど、この男は僕と酒盛りをしようと言っているのだ。聞けば同行者が高校生だから飲めないので、飲み仲間を探しているという。見ず知らずの人と洋上で盃を交わし語らうなんて、ロマンに満ち溢れている。旅人誰しもにとって憧れのシチュエーションだ。だがしかし高校生であることを理由に同行者との飲みを躊躇ったのであれば僕もまた躊躇われるべき年齢である。それを告げようとした。しかし男は、少し目を離した隙に隣の洗面台に突っ伏していた。「大丈夫ですか?具合悪いですよね?船酔いですか?」「いや、酔ってるのは……酒。」ただの酔っ払いだった。「僕もね、また十九なんですよ、ごめんなさい、飲めません。」そう僕が言うと、男は一瞬屈伸のような姿勢になって残念がった。それから立ち上がって、仕切りに偉い、偉い、と僕に連発するのだった。僕は妙なところで真面目なので、未だに酒など一滴も飲んだことがない。律儀にそしてバカみたいに誕生日まで待つつもりである。そこを偉いと評価されるのは悪い気分はしないが、男はまだずっと偉い、そういうのが大事なんだ、としつこく言いながら、なぜか上腕二頭筋を見せつけるようなポージングを取り始めた。「懐かしいでしょ、知ってる?なかやまきんに君。」いいえ、あなたは武●真治です。

 男はどこかへ去っていった。あの人は既に酔っ払っていたような雰囲気もあったし、夏休みの北海道行きフェリーは乗車率も良かったからきっと良い飲み仲間が見つけられるだろうと思われた。しかし突然の会話イベントに急激に目が覚めてしまい、僕は雑魚寝の二等寝室に戻らずデッキで夜風を浴びていた。青森のどこの町とも知れぬ明かりが遠くに微かに見える以外は、闇である。

f:id:hamanasu201re:20190826221230j:plain

一面に虚無が広がっています。

あと4ヶ月早ければ、僕もフェリーの浪漫を味わえたのかなあ、とちょっと残念がる自分が甲板にはいた。暫くぼうっとして船内に戻る。さて横になって寝ようかと先ほどの洗面所を抜け廊下に戻ると、真治が知らないおじさんの太腿をめちゃくちゃに撫でていた。

 もう完全に出来上がっていた。よく見るとジーンズの半ズボンはボタンが取れたうえチャックの金具が破壊されていて着替え途中のようになっていた。なぜか片手にはビオレを持っている。やがて廊下を抜けたロビーのようなフロアに真治共々転がり込むように移動すると、ソファに腰掛けたまたもや30代ぐらいの男が怪訝そうな目で僕と彼を見た。その男は最初はサンボマスターのボーカルのような見た目だなと思ったが後々よく見ると似ているのはメガネの形(ただしメガネの形だけで言えばサンボマスターのボーカルでしかない)ぐらいであり特に似てはいなかったのだが、ここではサンボさんと呼称する。サンボさんも真治に絡まれたことがあるらしい。その嫌がりようから見て僕以上に面倒だったのは想像に難くない。でもたぶん世界はそれを愛と呼びます。しかし出来上がった真治は僕とサンボさんから離れようともしない。そこにまたどこからともなく、茶髪混じりで年齢は高校生ぐらいの土田晃之みたいな雰囲気の人が現れた。ちなみに後々よく見たらこの人もまた土田晃之には全く似ていないのだが、土田と呼ぶことにする。土田は真治撃退に慣れていた。適当なことを言って彼を瞬く間に我々から遠ざけることに成功したのだった。サンボさんも感嘆していた。できっこないをやらなくちゃ。そしてロビーには僕ら三人だけが残った。我々の共通点は同じフェリーに乗っているということと真治に多少の迷惑をかけられたことぐらいしかないのだが、自然と話が続いていった。こうして武●真治被害者の会が結成された。

 奇縁とはまさにこのことか、接点もあるはずもない三人は何故かすぐに打ち解けた。ロビーの小さなソファーみたいな椅子に腰掛け語り合う時間が続いた。サンボさんは旅行中の社会人であり、土田は北海道、というかこのフェリーが着岸する苫小牧に帰る途中だという。ちなみに土田は同学年だった。まあ、僕が浪人したので年は一個下だが。茶髪混じりで銀のピアスがちらつく彼と僕はサンボさんにも対照的に見えただろう。僕とて普段付き合う人間にはいないタイプだと思った。ノリが軽いと言えばそうだが、グイグイくるので面白い。僕とサンボさんの二人でもツッコミが間に合わない。大半は下世話な話であったが、真面目なことも下らないことも言い合い、指スマとかいう修学旅行の暇なバス以来やるゲームで負けた土田が言い出しっぺにも関わらずジュースを奢り、朝五時半の一番風呂に三人で入り、一緒に洋上の朝焼けを拝んだ。時々真治がやってきたが、その度に土田があしらった。結局徹夜で、最終的にはデッキで三人写真まで撮った。周りから見たら完全に仲良し三人組でしかなかったと思う。初対面です。

f:id:hamanasu201re:20190815192702j:plain

サンボさんも土田も、船の現在位置をモニターで見てまだ全然着かないな、としばしば言っていたものの、思えば話しているだけでもあっという間の船旅だった。苫小牧港ではまず車などのある人が、その次にバイクの人が下船し、僕たち特に何もない人は最後だった。普通はバスで駅に行くものだが、タクシーを三人で割り勘して、他の客より一足早く苫小牧駅に辿り着いた。揃ってベンチに腰掛ける。土田は家に戻り、サンボさんは札幌に行き、僕は室蘭へ行く。三者三様、それぞれの行き先がある。誰かが不意に、「もう三人で揃うことは絶対に無いでしょうね」と言った。その通りだと思った。また旅をしていれば、あるいは東京で暮らしていれば、どちらか一人とはもしかしたら運良くバッタリ出くわせるかもしれない。だが二人と同時に会うことは、万が一にもないだろう。サンボさんは札幌行き普通列車に乗った。残された二人もそれぞれの方向へ歩きだした。僕は改札に行く前に咄嗟に言った。「苫小牧を通るたびにお前のこと思い出すよ。」土田は笑っていた。元はと言えば一人の酔っ払いがいたせいだったなあ、と今更思い出した。そういえばあれから真治を船で見かけなかったので、ありえない場所で潰れたか、もしかしたら海に落ちたのかもしれない。

 

 実はこれから、人に会う用事があった。今日の朝五時に洋上で電子的に決まった約束だった。普段呼吸の代わりにツイッターしているアカウントの他に鉄道の話だけする(つもりだった)アカウントがあり、そこでここ二、三年お世話になっている人がいた。知識も豊富、行動力も抜群で見習いたいと思っている方だったが、同じ日に同じような場所をにいるのでお会いできる事になったのだ。普通ならあり得ない場所で。

f:id:hamanasu201re:20190815121905j:plain

集合場所:北吉浜駅

人の出会いは様々であるが、普通本州に住んでいる人間二人が北海道の無人駅で出会うことはまずない。

 列車を降りると温かく迎えられた。テールランプが遠く消えないうちに、周囲には二人だけになった。異形なる北吉浜駅は一見高名な建築家が作ったのかとでも見間違うもので、少なくとも北海道の一般的な、寂れた小屋のような無人駅とはかけ離れている。ところで一体なぜ苫小牧でも東室蘭でもなく、こんな無人駅で落ち合うことになったのか。

実はこの方はJRの駅を全て巡ろうとしているのだ。僕はいわゆる乗り潰しというやつでJRの全ての路線に乗ろうとしているが、それはもう達成済みだそうで、その更に上を行く、「究極の乗り潰し」とでも呼ぶべき行為である。JRには全部で四千を優に超す駅があるが、その一つ一つに降りていくなんて根気のいる作業、乗るのさえ時間がかかるのに考えただけで目眩がしてしまう。それでその途中、この駅に降りられるのに僕が合流できそうだというので、ここが集合場所になった。そういうわけで駅への観察、周囲の状況の解説など、駅を見る様子を僕が見学するという状態であったが、何より学ぶものが大きい。そういえば僕は日本の鉄道路線を全部乗った後、何をするんだろう?そう思わされる。世の中には沢山の鉄道ファンがいて色々な分野がインターネットで広まる時代だが、自分がこれだと思える趣味のあり方を突き詰められるようになったら楽しいに違いない、と見ていて思う時間だった。僕もこういう、そういう趣味をやりたい。

f:id:hamanasu201re:20190815121902j:plain

跨線橋を渡り、工場側のだだっ広い出口に二人立っていた。今回訪問されたのは、この駅が今年秋にも取り壊されるからだそうだ。確かに錆や煤が見るからに酷いし、元々の直角に交わらない斜線とねじれ位置の関係にある辺の多さの際立ちに加えて経年劣化の歪みが目立っている。改札も残されていたが無人駅になって久しいと見え板で閉鎖され、上下線を行き来する階段も少し迂回して踏切を渡ればいいだけなので、この巨大構造物自体お役御免なのかもしれない。素人目に見ても面白い駅舎だったので、来れたのは本当にラッキーだ。

f:id:hamanasu201re:20190815121918j:plain

これから稚内まで向かわれるという。お気をつけて、の言葉にお気をつけて、と返すとドアが閉まった。本当にありがとうございました。

見送ったが、反対方向の列車まではまだ時間がある。駅舎から海が見えた気がしたので波打ち際で水と触れ合おうと少し歩いてみたが、思いの外波が荒くてすぐに引き返した。

f:id:hamanasu201re:20190815191809j:plain

海辺の家は屋根まで自然に還りかけていた。

踏切の向こうで工場の煙がもくもくと立ち昇る。僕は荷物でパンパンのリュックを椅子に、舗装されていないホームに腰掛け次の列車を待った。ワンマン列車の乗車位置はちょうど駅舎の影にあたり、陰鬱としたコンクリートは東京の地下鉄にでも乗ったような味わいがある。嫌なんじゃなくて、むしろ惹かれる。妙な形にくり抜かれた側壁から光が漏れ出ているのをじっと見ていた。もしツイッターでの繋がりがなければ、この駅には目もくれず先を急いでいたに違いない。一生この形や光を知ることはなかった筈だ。そしてこの旅行が一日でもずれていれば、あの人にも出会えていなかっただろう。そうすればもちろんここで降りていない。縁と偶然とが、本当はいるはずない場所まで僕を導いた。感じることのないはずのことを感じた。思えばフェリーでのこともそうだ。旅行はそういう事に支えられていつも楽しく成り立っていると、そんなことを考えているうちに警報機が鳴って、西行きの列車がやってきた。
 
 東室蘭と室蘭の間の支線を乗りつぶしたはいいが、洞爺で乗り過ごして隣の豊浦に連れて行かれた。ここが終点だったのが不幸中の幸いであり、一度砂利混じりのホームに降りてすぐ引き返す。乗り換えた洞爺湖温泉行きのバスはほとんど寝ていたが、登り坂が多いことは確かに感じた。そうして僕は洞爺湖に着いた。

f:id:hamanasu201re:20190815121959j:plain

のんびり足湯に浸かっていると中国語が聞こえてきた。異国の言葉が四方八方から聞こえてきて北海道に来たことを実感するのも不思議なものだが、やはり最近は本当に多い。ほとんど日本語が聞こえてこない場所もある。これから乗る中島行きフェリーもまた、僕が海外に出てしまったのかと思うほどだった。微妙にバブルじみた客船が港に泊まっている。遊覧船は湖の真ん中に浮かぶ中島との間を往復する一時間の船旅であり、少々値段はするが、乗船者はもれなく無料で中島に降りることができる。どうせ次のバスもこないし退屈なので乗ることにした。カモメが乗客の投げるかっぱえびせんに群がっていた。

ところで、苫小牧から北海道を反時計回りする全体の旅程に反して西に外れわざわざ洞爺湖に来たのには時間潰し以外の理由がある。話は2006年にまで遡る。

f:id:hamanasu201re:20190826175525j:plain

早くリメイク出せ。

人生で一番最初に買ってもらったゲームはポケモンだった。1999年生まれの世代として、DSとダイヤモンドパールのどちらかをクリスマスプレゼントに貰った人は絶対僕以外にもいる。それでパールを選んだ僕は小学一年生と二年生のほとんどをポケモンでの冒険に費やしていた。上の地図はその舞台である「シンオウ地方」のマップだが、低学年でもこれがどこなのか僕も友達もわかっていた。

f:id:hamanasu201re:20190826180641p:plain

どう見てもシンオウ地方である。

物語は登別あたり出身の主人公が北海道の各都市を周る事になる。例えば札幌はゲーム中最大の都市・コトブキシティである、といった具合に現実世界とのシンクロがある。子供の頃に触れたものというのはいつまでも残っているもので、北海道=シンオウ地方、だと思考の根底にある。北海道を回る計画を立てるときも地図ではなくゲームのマップを無意識に思い浮かべてしまう。これはポケモンの中でも異色のダークさを伴ったゲームの出来が良く、各都市の雰囲気を絶妙に捉え、北海道という遠い地を冒険する感覚が現実世界とマッチしているからだと思う。ちなみにだが、バグ技を使うと北方領土樺太の間にめり込むことができる。

f:id:hamanasu201re:20190826183133j:plain

北海道に初めて来る前からシンオウ地方に触れていたので、僕の北海道観はほとんどこのゲームによるものと言っても過言ではない。そしてこの洞爺湖もゲームでは「シンジこ」として再現されている。ちょっとシジミがたくさん取れそうな名前をしているが、ゲームでは主人公が最初のポケモンを選び最初にポケモンバトルをする重要な場所だし、実は伝説のポケモンが眠っている神聖な場所でもある。そのポケモンと出会うためには、湖真ん中に浮かぶ島に水を越えられるポケモンを連れて行かなくてはいけない。……あれ?

f:id:hamanasu201re:20190826221250j:plain

なんだか見覚えがある。

f:id:hamanasu201re:20190815122002j:plain

再現度が高すぎてびびる。この世界にポケモンはいないので船で行かなくてはいけないわけだ。小一の頃DSの画面で訪れた場所を13年かけて実際に訪れる。そのためだけにここに来た。子供の頃にやったことはどうしても忘れられない。懐かしいゲームのBGMをイヤホンで流しながらゆっくり進んでいく。

f:id:hamanasu201re:20190815122020j:plain

上陸。

山がちな島で、浜と小さな博物館と神社があるぐらいだったが、それでこそ神聖なイメージを裏切らない。三十分後に迎えの船がやってきた。

f:id:hamanasu201re:20190815121956j:plain

セイコーマートで適当なご飯を済ませ、外周の何気ない花を見て回り、折り返しのバスに乗った。洞爺から列車に乗ったのは僕と、三歳ぐらいの鉄道好きそうな子と、その父親らしき人だった。車内も地元利用の中高生か旅人かのどちらかだった。ボックスに空きを見つけられずロングシートに仕方なく座った。振り返ってみれば、車窓には生い茂る背の高い夏草の中に黄色い花が可憐で可愛らしい。ビニールハウスが暑さに項垂れるように草臥れていて、そんな風景と少しばかりの家々とが車窓には繰り返された。だがそのように見えて、実は海沿いを走っているのだ。行き違いの特急列車の遅れを待った伊達紋別駅を過ぎると、線路は海岸線に急接近する。

f:id:hamanasu201re:20190815122031j:plain

おっ、と声がどこからか上がり、乗客は一様に右を向く。

浜辺と平行線になったまま暫く走り、列車は窓に大きな海原を写したまま停車した。北舟岡駅である。

f:id:hamanasu201re:20190815122042j:plain

 日本全国津々浦々、海の見える駅は数多かれど、北舟岡に勝る駅はそうそう無い。初めて北海道に来た四年前、偶々この駅で特急の通過待ちで降りて以来、全国の駅で五本の指には入れたいほど気に入ってしまった。逆光の内浦湾が夏の日に入ったプールのように煌めいていた。サッポロビールの広告付きのホーロー看板が北海道らしさをアピールしてくる。ずいぶん遠くまで来たものだなあ、と改めて思う。誰も乗らずまた降りず、静かにこの駅を後にすると、列車はまた海から離れる。

 東室蘭普通列車を乗り継いだが、やはり寝不足の精算をせねばならぬようだった。出発したのも気付かぬうちに、終点ですよ、と膝を叩かれ起こされた。地元の高校生だった。

 十二時間前にいた場所に戻ってきてしまった。そういえば土田が行くとか言っていたが、今日苫小牧はみなと祭りの日だという。祭りに浮足立つコンコースに警笛が大きく聞こえたかと思えば、南方行き貨物が高速で通過していった。ゆっくり僕も南に向かう。

遅れた特急を待って十五分ほどして、二両の鵡川行きはゆっくりと発進した。国鉄ディーゼルは最初こそガラガラと唸って重い腰をあげるような加速をするが、一度調子が出れば都会の電車にもひけを取らない疾走を見せてくれる。扇風機が回転し、ジョイント音が小刻みに軽く鳴る。 草原を風を切って進む。武骨な銀の窓を少し開けた隙間から車内に紫色した夜の空気が染みていく。平行に走る道路の街灯は最低限しかない。そのせいか大工場が放つ光がやけに眩しく感じる。遥か向こうに僅かに見える大型フェリーは新潟行きだろうか。忘れ去られたような駅に幾つか行儀よく停まったあと、終点鵡川に到着した。ここから先は運休区間なのでバスに乗る。

f:id:hamanasu201re:20190815192711j:plain


南に向かうバスは僕を入れて七、八人が乗っていた。運転手が駅員と無線で列車との連絡を取り終えたことを確認すると、ドアが音を立てて閉まった。役目なく茫然自失の踏切を渡るたび、夜でも分かるほど線路が自然に侵されているのが見えた。何年も列車が来ないで照明の灯らない駅の前にバスが止まり、間もなく発車する。何駅かそういったところが続いて、日高門別で漸く殆どの客が降りて僕と女性あと一人だけになった。怪談でも始まりそうな不気味な雰囲気の車内とは裏腹に、宵闇に溶けきった対向車線を何台ものヘッドライトが過ぎていった。

二時間ほどして大きなロータリーに路線バスが止まった。恥ずかしながら、静内という地名はこの旅行をするにあたって初めて聞いた。苫小牧、様似は知っていても静内は初耳、という人も多いのではないか。だから僕は寂れ切ったような町をイメージしていたのだが、実際には違った。穏やかだが活気はあり、居酒屋の通りは覗いただけでもまだまだ明るく、どの建物にも気配や温もりを感じる。僕も日付が回る頃までコインランドリーを回していた。洗剤が仄かに香る部屋の中で、明日の道のりを確かめる。風吹く襟裳岬を目指すとなると、いよいよ冒険じみてきた。

 

続く