月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

日本海ジェラシー 越後に水を求めて-2日目(2019/05/05)

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 世に大学は人生の夏休みという言葉があるが、僕の夏休みは担任がハズレだったらしく尋常じゃない量の宿題を出してくる。夏休みの癖に。しかもその宿題はアサガオの観察日記とか漢字の書き取りとか自由研究(この場合、意味不明な工作物を提出すれば許されるものを指す)とかではなく、英語、中国語、ALESA、初ゼミなど、夏休みにやるには到底許されざるものが揃っている。セロテープの飛び出た段ボールの塊を提出して単位とかもらえないだろうか。いや逆に、そうでなくては一体これのどこが夏休みなんだ?そもそもまず、人生に正月と春があったか?最近は気候の変動が激しいので夏と冬しかない気がするとはいえ、夏が来ないのはおかしい。どちらかといえば先ほどの課題たちは僕の人生上空に停滞する梅雨前線のようなものであり、かれこれ19年間は延々続く梅雨のようなものだった。最早雨季といっても過言ではない。僕の人生は熱帯にあるらしい。それでもなんとか前線を蹴散らそうとしているので、旅行感想文なんか書いている暇がなかった、というのがここ最近更新をおサボりしていた理由である。そもそも感想文は8月31日にやるものだと法律で決まっているのだし、後回しにするには正当この上ない。以上で言い訳を終了とする。

 

2019/05/05

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行程図、作ったはいいがダサすぎる。センスと技量が欲しい。


 柔軟剤の仄かに香る薄暗いビジネスホテルの廊下を急いでいた。気が付いたら六時半だったのだ。信越本線の上り始発列車は柏崎を六時五十八分に発車するからまだ時間はあるし、ここから駅までは信号の気分が良ければ二分もしない。しかし、朝食は買っておきたかったし、大荷物である以上走りたくもない。正確に測ってはいないが、七キロは越えているだろう。肩は昨日一日で十分やられていた。

 相変わらず冷え込んではいるが、雲ひとつ見えない空からの穏やかな光線が昨日満ちていた気配を感じさせないほど辺りの空気を一変させていた。こうやって見ると、どこにでもある中規模都市の駅前である。のっぺりとした駅舎の前にがらんとしたロータリー、そして謎のオブジェ。イオンか何かに生気でも吸い取られたかのような商店街……は、まだ朝早いからだろうか。コンビニが見当たらなかったので、駅構内のニューデイズで適当なおにぎりを見繕った。

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 柏崎駅には、世にも珍しい0番線が存在する。時々何かの拍子、具体的には、途中からできた線とか、新たなホームを作るのに1より前が必要になった時に出来てしまう代物だ。首都圏だと綾瀬とか日暮里で見られただろうか。確か0番線だけを取材したホームページもあったはずである。この趣味の奥は深い。

 だだっ広い駅の中はがらんどうで、来ない誰かを待ち続けているようだった。感覚としてはシータとパズーが辿り着いた直後のラピュタに近い。自分で言うのもなんだが無理もない感覚で、ここを通る信越本線は22年前の長野新幹線開業、4年前の北陸新幹線開業で首都圏対日本海側の大動脈を文字通りズタズタに切られ、その名残を貨物列車に残す程度のいちローカル線へと転落したのである。その線を西へ再び向かう。

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昨日このあたりは海辺だろうとアタリをつけた一帯はやはり眼前に海を望む絶景の広がる区間であった。それでもこの列車の行き先が妙高高原駅だというところに趣を感じる。春の日本海はそのイメージと裏腹に穏やかでしかしやはりどこかに冷涼さを潜ませているようだった。直江津への道中の青海川はご覧のような風情あるホームであり旅人からも人気が高い。だが今日降りるのはここではない。米山という無人駅で降りて有名な撮影地へ向かう。

徒歩20分ほど、運動不足にはちょっときつい坂道を登り続けると、6,7人ぐらいがトンネル上の高台から獲物を狙っていた。しばらくして柏崎方面への普通列車が彼方へ通り過ぎていった後、それはやってきた。

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昨日夕暮れの前川で撮った115系と同編成。見た目直球の愛称で青髭とも呼ばれている新潟特有の塗り分けがなされた一編成である。直江津より南の第三セクターまで乗り入れた運用の翌日は必ず新潟まで戻るような運用に入っているので、こいつがこの時間に現れるのは当然なのだが、線路のすぐそばを波打つ日本海、果てに臨む遠い街並み、雪残る立山連峰……。最高の状態でやってきてくれた事に震えが止まらない。シャッター音がバシバシとあちらこちらから響く。

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構図を変えてからもう一発。震えるモーター音が底のトンネルに吸い込まれて聞こえなくなった後も、高台の上で呆然としていた。その間に車で来ていた他の同業者は全員帰ってしまった。僕も急がねば、駅で待ちぼうけだ。

長岡まではどうせ乗った道である、といういつもの言い訳をする間も無く爆睡しており、気がついたら終着の放送が流れていた。そこから新潟までは、新幹線に課金。これにて上越新幹線は全線乗車完了。

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E4系、走る巨壁がやっぱり世代としては上越新幹線のイメージに強いので乗れてよかった。これも先は長くあるまい。

 

流石はゴールデンウィーク弥彦神社へ向かう弥彦線は臨時列車まで増援していて盛況である。お陰で効率よく乗り換えできる。座席が埋まり気味の普通列車狛犬ポジションを確保すると、不意にどこかから僕の下の名前を呼ぶ声が聞こえた。いや、ここは新潟だぞ?僕のことを知る人なんか誰も居るはずがない。きっと誰か僕以外に僕と同じ名前をしている人がいるんだろう。しかしその声は何故か19年ぐらい聞いた声がある気がしたので一応振り返ってみる。

「母さん!??!?」

デカい声が出た。間違いなく腹を痛めて僕を生んでしまった母親がそこにいた。ゴールデンウィークを利用して新潟に来るのは知っていたが、まさか弥彦神社に、それも同じ列車に乗って行くとは、遺伝子の繋がりを感じざるを得ない。まあ新潟は米が美味く魚が美味く酒は……まだ美味いのか知らないが、その代わりに観光地がえげつなく少ないのだ。特に新潟から楽に行けるとなるとここを選ぶというのも頷ける。

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弥彦駅、外観がどことなく片瀬江ノ島駅っぽい。

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親と出会ったことによりわっぱ飯を昼飯にゲットした。一人だったら経費節減のため絶対この店に入ってなかってだろう。

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随分と大きくて立派な鳥居だ。思っていたより何倍も立派な神社だった。祀られているのは天香山命で、越後を作ったという凄いんだが凄くないんだかよく分からない伝説を持っている。他所者だからそう思うのであって、その伝説があるからここにこれほど大きなお社を建てたんだろう。俺だって神奈川を作った神とかいたらメチャクチャお賽銭投げる。それは別として、きちんと賽銭を済ませ、二礼二拍手一礼をする。明日も晴れますように。そういえば、並んでいる途中なぜか四拍手をやっている人がいた。(それは出雲大社じゃね……?)と思うが、その後ろの人も、そのまた後ろの人も、四拍手をするのだ。え、もしかしてここ、四拍手?いやいや、流されるな。流されないぞ俺は……。後で調べるとやはり二拍手だったようだ。周りの雰囲気って怖いですね。

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弥彦山までロープウェイで行くという母親とは一旦別れ、サイダーをグビグビ飲んで喉の乾きを潤した。5月には早い飲み物だが、今日はちょっと暑すぎるし、荷物があまりに重いので一休みする口実に200円払ったと思えば安いのに美味しい。出来れば八月下旬のやや昼間の暑さが残る夜にどこかの家の風鈴を聞きながら飲みたいアイテムではあるが、そんな夏は存在しない。君がいた夏はそもそも存在しないから遠い夢の中に出てこないし、夏の終わりに将来の夢や大きな希望を語ることもない。10年後の8月に何も希望を持てないことを考えていると飲み終わってしまった。駅へ戻る。

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 弥彦駅からは再び臨時列車に乗って新潟方向へ戻る。しかしこの臨時列車は行きのと違って全車指定席で、新潟行きとはいってもなぜか遠回りをしていくので乗車率は良くない、というかほとんど鉄オタだった。115系のボックス席を独り占めして誰にも気にされずに窓を開け放ち爽やかな風を流し込むにはちょうど良かったが。

 新津で途中下車した。ここを始発とする磐越西線に乗り換える目的でだが、やたらと時間がある。新津には鉄道資料館があるので暇つぶしに歩いて行こうかと思ったら、タダで自転車を貸してくれるという。何の変哲もないママチャリでも無料なんだからありがたい。今回は時間が合わなかったが、無料送迎バスも出ているらしい。至れり尽くせりとはこのことか。

 商店街を進んだり川を越えたり随分気持ちのよいサイクリングではあるが、何しろ荷物が重いのでフラフラ運転になりかねない。後続の車に轢かれないかヒヤヒヤしながらなんとか資料館へたどり着いた。

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 国鉄のサボ(上画像)とかはもちろん、豪雪対策やマニアックな私鉄など展示は新潟というテーマを軸にかなり幅広く行われており意外に見所が多い。折角の祝日……というか、完全に忘れていたが今日はこどもの日だからか、家族連れが特に目立った。館内をはしゃぎ回る幼い子供達が将来僕のような気持ち悪いオタクにならないことを切に願う。

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もう一つの見所は展示されている本物の列車たちだ。新幹線や機関車や、普通にその辺をまだ走り回っているはずの115系まで展示されており、中には車内に入れるものもあるが、特に僕の気を引いたのは上画像の485系である。この形式については奥多摩へ行った時にも語った気がするが、この色合いとこの顔の形こそが正統な485系だ。新潟地区では前述の北陸新幹線延伸の時にお役御免になっている。その頃僕は中三で、一応にも県下一の公立進学校への受験を控えていた……というのは都合のいい言い訳でしかないのだが、最初から最後まで、これらが生きていた所を知ることなく終わってしまった。もう二度とこのフォルムとカラーリングが日本海の波打ち際と平行線の越後路を駆け抜けることはないはずである。

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 濃いクリーム色に鮮烈な赤色こそ、日本全国に馴染んだ特急が纏った色である。見れば見るほど魅力的に映るのが悔しくて仕方がない。もしあと一年だけでも早く生まれてさえいれば乗ることも撮ることも出来たはずだ。今朝の米山の高台でこの車両が行くのを見れたらどんなに幸福だっただろう。たまたま僕より早く生まれただけで、この車両を存分に味わい尽くせた人たちが羨ましくて仕方がない。最早嫉妬ですらある。もっとも、その魅力に早くに気づくことができていれば、中学の頃から遠くまで行けていただろうか?という遅すぎる後悔も勿論ある。が、それも金銭面を考えればあまり現実的ではなかったはずだ。運命にこの趣味での動向を悪戯されるのはなんとも腹立たしい。

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どこをどう切り取っても、車内に乗ったとしても、これは剥製でしかない。呼吸の音は聞こえないし、展示のために綺麗に仕上げられているのは死化粧にすら思える。生まれるのが、気づくのが遅すぎたという後悔はやり場がない。もちろん保存されているからこそ令和になってもまだ会うことができるのは貴重であり、大変ありがたい話ではある。また通るときがあったら訪れたいという思いと共に後にした。

 新津始発のディーゼルカーは古くさい国鉄型のを二両繋ぎ、冷房もろくに効かない車内はまだ五月も始まったばかりなのに夏の蒸された匂いを充満させていた。あまりにゆったりとした発進だが、走りは頗る快調で、ガラガラという重低音が水田地帯を駆けていった。乗車率は昼過ぎにしてはまあまあで、客層もバラエティーに富んでいる。隣のボックスでは僕と同じぐらいの年頃の学生が、折り曲げたしなやかな脚の上に置いた物理の教本へ何やら書き込みをしている。逆光の描く彼のシルエットは凛としていて美しかった。僕は化学基礎と生物基礎を受験科目に選択したので、その大半は忘れた気もするが多分まだ酸素44.8L中に含まれる原子の数だのリービッヒ冷却器の水を流す向きだの、陽樹と陰樹を区別するだの酸素解離曲線だのは分かる。しかし、熱力学とか、電磁気とかは僕にとって未知の世界である。西日に照らされる彼は、一冊の本のなかで僕の知らないこの世の理と対峙していた……彼はその自覚もなくただ漫然と課題を終わらせようとしていただけかもしれないが、兎も角あの瞬間、あれ以外に美しいものはあそこになかった。しかし僕はシャッターを切ってその瞬間を永遠へと切り取ることはしなかった。人を被写体にするのが怖いから、綺麗すぎてシャッターを切るのも躊躇われたから……そのどちらでもあり、それが僕がこの趣味でいつまでも大したことの出来ていない証拠だと思った。

 馬下の駅を降りて右往左往。どちらへ行けば目的地なのやらと思っていると、後ろから大荷物の男性二人に声を掛けられた。一人はやや丸い印象のある関西弁の50手前らしき人。もう一人はスッと背の高い40半ば辺りの人だった。年齢間違ってたらごめんなさい。様子を見るにこの二人も今ちょうど出会ったところらしい。そして様子を見なくてもわかる。僕らの目的は同じだった。

 威勢のよい関西弁のおじさんの行く荒れた道を後ろから着いていく。というか、これは道なのか?半分ぬかるんでいるのだが……。まあこれが近道だというのだから信じてみよう。

 こう言う構図で撮りたいんですよね、と趣味話に花を咲かせていると、先導するおじさんのアドバイスが入る。「兄ちゃんなあ、そこに行くのはええわ!ええ考えや。真っ直ぐ進んだストレートは人が多過ぎてどうしようもない。昨日の見立てじゃそっち側は人もおらへん。ただな、しゃがまなアカン!」こちらが返事をする隙を与えない、捲し立てるが如くの早口。それが全て若造への親切と趣味への情熱で構成された言葉だから面白い。「あそこらへんや!」ピッ、と指が伸びて一点を指した。「あのへんから撮ってみい。」なるほど。確かに思い描いた構図に近いアングルが得られそうである。お礼を言い、まだ先を目的地にするおじさんたちと別れた。どこから来たんだったかは聞いたが覚えてないもの、あのおじさんたちはきっと3,4年前もこうやって新潟に来て先程の獲物を正確無比にあのカメラで焼き付けていたんだろう。僕の知らない時間をその手で一枚の写真の中に留めてまだ持っているはずだ。それは確かに羨ましいけれど、恨むとかいう筋違いなことはしない。いつまでも止めることなく線路際に繰り出し旅を続ける先人たちは素直に尊敬したい。

 僕は慎重に入っても良さそうな道を畦道と区別して進み、陣取った。三脚を伸ばして雲台にセットして……あれ?一眼レフのバッテリーメーターが残数1でピコピコしている。そういえば昨日充電するのを忘れたような……。これはまずい。ここまで来ておいて、三脚までバッチリスタンバっておいて、充電切れで成果物ゼロです、は情けなさすぎる。ここはバッテリーを一旦外して構図を決め、列車通過直前に差し込んでAFに任せて一か八かやるしかない。暫くの間、ドキドキしながら待つ。

 踏切が鳴った。鈍い音が近づいてくる気がする。握りしめていたバッテリーを動かす時が来た。電池がカチンとハマったら電源をスルリと右に回して覗き込んだ向こうで落ちる夕日が列車最後尾にかかる瞬間を狙え!シャッターボタン長押しで連写。

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小さな煙はディーゼル力走の証。築堤を優雅に行く客車列車は水田に自らを写し込みながら夕日に溶け、やがて何処かへ走り去っていった。

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静かな時間が戻り、ふと気がつけば空には一筋の飛行機雲がかかっていた。今日も晴天に感謝。

 さて本日の宿は新潟駅前であるが、その前に先ほど会った母親と合流し夕食を取ろうということで、万代口まで急行した。なんとか集合時刻に間に合ったが、そこにはもう一人、19年ぐらい知っている人が立っていた。

「父さん!??!??」

デカい声が出た。家でゴロゴロしていたはずでは。聞けば新幹線に課金してまで飛ばしてきたらしい。これで我がファミリーは越後の地で三人全員合流し、食卓を300km北に移動させて夕食となったのだった。ここは勿論、寿司だろう。

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やはり魚がうまい。ごちそうさまでした。

 この日の宿は昨日柏崎で泊まったのと同系列のアルファーワンというチェーンであり、Wi-Fiがないこと以外特に文句の付け所のないビジネスホテルである。しかもゴールデンウィークだというのに一泊素泊まり3900円で、新潟駅から徒歩8分。もはや事故物件を疑っていいレベルの代物だが、いざ着いてみると普通のホテルで、なぜこれで3900円なのか返って心配になった。他にアルファーワンの嬉しいポイントは、タダで自転車を貸してくれることである。これを借りずしてどうするのか。カメラのバッテリーを充電し終えた23時ごろ、またもやママチャリにまたがって夜の新潟へ繰り出した。

 夜の繁華街は酔っ払いが跋扈しているが、彼らの賑わいのための明るさは10分もペダルをこげば大通りから消えた。澄んだ空気にある種の不気味さが混じり沈殿する夜に怯えながら手頃な撮影地を探す。しかし新潟から次の駅まではほとんど高架のため適当な場所がなく、結局3km程先の川沿いからの撮影となった。

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越後線最終列車。所定はまたもお目当の115系シャッタースピードを落とし橋梁を駆け抜ける列車に呼吸を合わせて横にレンズを振り回す。終電で家に帰る乗客たちは様々だが、家に帰るという目的はきっと一致しているのだろう。僕も帰ろう。

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眠りかけの街を穏やかな川の水面が複製する。こうやって撮るとポケモンのエンディングみたいだ。日にちを跨いだ散歩道には崩れかけた酔っ払いたち、デート中のカップル(ムカつく)、スケボーするヤンキーなど様々な人々がいて面白い。ホテルまで30分ぐらいかかっただろうか、0時40分ごろ帰着し、フロントでは心なしか異様な目で見られた気がする。

続く