月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

今でも見間違いだと思っています 名松線リベンジ-2日目(2019/03/24)

8時に目が覚めた。目覚ましもかけていなかったから頑張った方だと思いたい。前日の夜にコンビニで買っておいた朝ごはんを食べ、叔父の家を出て墓参りに出かけ、親戚の家を周り、こちらで済ませるべき用事を終わらせて安城の駅についたのは11時を少し過ぎた頃だった。予想より2時間近く早く着いてしまい、父と解散した。父は僕に刺激されたのか鈍行で神奈川の自宅に帰るようだった。というか、そんな父親だからこんな息子が生まれたのかもしれない。だから僕は悪くない。遺伝子が悪い。

さて、どこに出かけよう。今日の予定といえば、津のビジネスホテルに予約を取ってあるから四日市のコンビナートで工場夜景を撮ろう、ぐらいのものであったので、他のことはまるっきり何も考えていなかった。少なく見積もっても5時間は暇だが名古屋は何もないことで有名だし、これは誇張抜きで名古屋駅前というのは地元民にとっては大変便利なのだろうが外野からすれば「色々あるけどその辺にある気がするのでわざわざ行くことないかな、的なもの」をすべてぶち込んだ結果生まれたキメラのような存在なので何時間もそんな存在とは対峙できないし(ただし飯はうまい)、ギリギリ徒歩でたどり着ける限界範囲にある名古屋城とかその辺のポイントは幾度の帰省により大体訪問済みである。かといって遠くまで行ってしまうと津にうまくたどり着けないかもしれない。動物園とかは一人で行きたくないし、レゴランドは行く気がしない。まずどこにあるか知らない。と、ここで思い当たるやるべきことを考えついた。日本全国乗りつぶしの一環として、名古屋界隈で潰しておける路線が一つあったのだ。三時間もあれば十分その目的は達成されるだろう、僕は東海道線の特別快速に乗って急ぎ名古屋方面を目指すことに決めた。

金山駅で乗り換えて中央本線を東へ向かう。この中央本線の名古屋から多治見までの部分こそが潰しておきたい路線であり、ここに乗っておくと後々「攻略」に有利となる。どういうことか。

名古屋近辺から北方へ伸びる路線は二つある。一つは岐阜から富山へ向かう高山本線。もう一つがこの山梨・長野へ行く中央本線である。高山本線には以前乗ったことがあるので、もしこの二つだけがあるのならあとは中央本線を全部乗ってしまえば済む。しかし面倒なことに、その高山本線美濃太田中央本線の多治見という途中駅同士を結ぶ太多線という路線が存在する。つまりカタカナの「エ」のような形をこの三路線は形成しているのだ。ちなみに「エ」の左側を東海道線が結んでいる。

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うち上の辺と呼ぶべき高山本線を乗車してしまったため、残る名古屋以東の中央本線太多線が織りなすT字は一回の訪問ではどう乗ろうとしてもどこかを往復しなくてはならない。これは厄介である。観光もせずただ乗るためだけに折り返して往復だけするというのは、個人的になんとなく気にくわないのだ。かと行って観光までしてしまうと時間を食ってしまう。なので先に名古屋〜多治見を時間のある今のうちに乗っておいて、後々で楽しようという魂胆である。そうすると長野から多治見、多治見から美濃太田美濃太田から岐阜、といった具合に乗れば良い。既に乗ったことのある美濃太田から岐阜が重複してしまうのは、そんなに長い区間でもないし許容範囲である。

名古屋から高蔵寺まで暫くの間市街地が続いた。名古屋への通勤通学圏になっているのだろうか、家が途切れることなく水平線まで広がっている。どの途中駅でもちらほらと客が降り、列車の終点までに僕と老人の二人だけが車内に残った。目的地の多治見まであと3駅、次に向かいの乗り場にやってくる快速に乗ればすぐ到着もできるのだが、この区間を通り過ぎてしまうだけというのも味気ないし、時間をたっぷりと余しているという事もあり、次の定光寺駅で途中下車してみることにした。

高蔵寺を出発した普通列車は突然緑の中に吸い込まれてしまった。窓に映る景色はガラリと変わる。家々は忽然と姿を消し、豊かな自然がどこからともなく現れる。いつの間にか小高い山が線路へと迫ってきていた。まるでどこかにワープしてしまったようだ。幾つかのトンネルを過ぎるたびにその傾向が強まるようで、それから程なくして列車は定光寺駅についた。実はここ定光寺とこの一つ先の古虎渓駅は名古屋から30分ほどで着く上、両隣の高蔵寺と多治見は大きな街なのにも関わらず、いわゆる秘境駅として知られているのだ。

乗ってきた列車が駅の先のトンネルへ消えていくと、ホームには僕だけが一人ポツンと立っていた。崖の中腹にへばりつくように立てられた高台の駅で、側を流れる川のせせらぎが微かに聞こえる。下の方へ降りてみよう。

 

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出口は上りホームにしかないので、連絡用のトンネルをくぐり抜け、階段をゆっくり降りてみる。無人駅なので特に切符を見せる必要もない。ただしICカードには対応していた。ミスマッチ。

駅前には細い道が線路の下に張り付くように一本だけあった。喫茶店など幾つかの店舗は営業している雰囲気であったが、どこか閑散としていて静かな時間が流れている。暫く散歩していると川を渡り国道へ向かう橋を見かけたので先ほどの道から左折して渡った。多治見側、つまり今やってきた方は辛うじてまだ活気があるのだが、高蔵寺側はというとホテルらしき建物の窓ガラスは割れ、荒れ放題の廃墟となっており、木造の建物は半分崩れて川へ飛び込むような姿勢となっていた。


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眼に眩しい真っ白な岩とそれを削り創り上げる水流に癒される。川に沿うように走る県道15号線にそこそこ車通りがあってやや興醒めといった感もあるが、もしもこれで通り過ぎていくエンジン音がなければ寂しさを覚えてしまったかもしれない。そんな小さな駅は快速と特急が何本か通過するものの、普通列車は片道1時間に2本のみである。多治見行きの列車を逃さないよう腕時計を注意深く睨んだりしながら散歩し、写真を撮ってみる。

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10両編成の快速列車が名古屋へ急ぐ。終わりかけとはいえまだ三月なのに、空は夏の日のように青々としていた。


そういえばこの玉野川と定光寺駅の風景はいつだかの18切符のポスターになっていた気がする。大抵もっと行きづらいような場所がポスターに選ばれるような気もするが、訪れやすさの割に独特な魅力を持っている。行く価値あり。

来た道を戻り列車に乗り、数分で着いた多治見駅をなんとなく北口から出てしまった。北口はコンビニが一軒見えるだけで、予想に反してファストフード店がなかった。しかし今更階段を登り直して南口から出る気にはなれない。脂っこいハンバーガーとかを欲していた僕は15分ほど歩き、南口から出なかったことを後悔しながらインターチェンジの近くのロードサイドのケンタッキーでハンバーガーを食った。普通にケンタッキーの味がした。しばし腰掛けて休憩。

多治見から名古屋行きのの折り返しの快速のことは疲れが溜まって寝ていたから記憶にない。寝惚けた頭で向かった関西本線のホームで待っていた四日市行きの普通列車は予想に反して満員であった。まだ寝足りなかったので出来れば座って休みたかったのだが、こればかりは仕方がない。我慢して立った。主婦たちの世間話に耳を傾けたりもした。旅先での最大の暇つぶしとは聞き耳をたてることであるが、疲れていると危うく「そうですよね〜!」とか言って乱入しそうになりがちなので注意が必要である。しばらくして客が多く降りる駅がいくつかあり、少し車内も空いてきてようやく着席できたと思ったらすぐに目的地へ着いてしまい、僕は四日市の一つ手前の富田浜駅で下車した。

大都市四日市で降りずにわざわざこの無人駅で降りた理由は、富田浜が夜景を撮るのに良い展望台、うみてらす14の最寄駅だからだ。それにここから四日市まで歩けば、他にも撮影スポットを効率よく回る事ができる。駅前の狭い路地を抜け西日射す幹線道路の長い長い横断歩道を渡った先に、伊勢湾に浮かぶ埠頭・霞ヶ浦地区はある。その人工島へ向かう橋はさして大きくはないが、関係者以外立ち入り禁止のような雰囲気を持った工場地域に踏み入るのはやや勇気がいるし、機械が呼吸をするような音が進むたび近づいてくるのでなんとなく緊張する。名古屋方面を見ると巨軀のクレーンがその豪腕でコンテナを掴もうとしている。しかし動きがないのは今日が日曜日だからだろうか。それでも工場群に聳え立つ煙突は火を吹いたり煙を吐き出したりしている。ふと渡ってきた方向へ目をやると、橋の下を通る運河に向かって釣り人が何人か、大きな竿を投げたり戻したりするのを繰り返していた。こういう場所で何か釣れるのだろうか。イメージとしては何もいなさそうなものだが、あれほど立派な道具を持っているのだから何かは釣れるに違いない。僕だってポケモンの主人公に家の目の前の池にボロの釣竿を使わせコイキングを釣ってたのだし、誰が何をつり上げようがケチはつけられない。

橋を渡る幅のある一本の道路が見えない果てまで一直線にこの埋立地を貫いていて、後の道路はそこから枝分かれして各工場の私有地へと伸びている。それこそ文字通りの立ち入り禁止区域である。時折車の出入りがないわけではないものの、見渡せば青く続く信号機は皆、僕だけに進行の安全を告げていた。

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入り組んだパイプが男心をくすぐる。ガー、という何かの稼働音が誰もいない道路にずっと響いていた。

展望台の14階へと登り、鈴鹿山脈へ沈む夕日をぼんやり眺めていた。名古屋の中心部まで続く家々は次第に橙色の彩度を失っていき、一面の群青色の中に溶けていった。夜の帳が下りた頃、コンビナートを見渡す窓際に三脚が立ち並ぶ。僕も初めての工場夜景に見惚れながらシャッターを切った。

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不思議な明かりがいくつも眼下で煌めく。

ここでの夜景を堪能した後は、地上からの写真撮影をしつつ四日市市街へと南下する。しかし富田浜駅から四日市駅まで、最短距離で歩いたとしても4.5kmもある。展望台までの往復やちょこまか歩いた分も含めれば、裕に6kmは越すはずである。浪人生活で鈍りきった足腰には堪える。重い二泊三日分の荷物を詰め込んだリュックサックと三脚が歩くたび肩に食い込んだ。しかも夜道である。しかしバスなど通ってはいなさそうだし、タクシーを呼んでしまうような所持金も勇気も持ち合わせていなかった。仕方なく国号1号線のバイパスでもある名四国道をひたすら進む。スピードを出した車たちが行き交うが、歩行者は見当たらない。というか、車の運転手の様子も暗い窓ガラス越しにはわからないので、人間の姿が一切見当たらなかった。飲食店も時々は見かけたが、大した数ではない。そういえばお昼から何も食べていないからお腹がすいてきた。だが店に入るほどの時間的余裕もない。今日の宿のある津までは四日市から電車でも意外と時間がかかる。少し冷え込み始めた夜の国道をただ一人歩き続ける。横を行くテールランプは次々と行く先のカーブの向こう側へと消えていった。これで心細くなるなというのが難しい。途中、歩道だけが窪む部分があり、街灯が消え行く手が完全な暗闇に覆われた部分が現れた。怖すぎる。光がない。なんていうのかな、下りのスロープの後平坦な道がちょっとあってすぐ登りのスロープがあって車道と合流する、みたいな道。自分だけが闇の中を行く恐怖を押し殺して、やや歩くスピードを上げて坂道を下っていく。平坦な部分には国道の下をくぐるような形で短いトンネルがあった。この手の道にはありがちな設計である。蛍光灯もない真っ暗な隧道の先、同じような構造になっている向かいの歩道の薄明かりの中にぼんやりと人が見えた。初めて見かけた歩行者である。なんだか安心する。若い女の人だろうか。ヒールを履いた黒い脚だけが見えた。いや、脚だけが見えたというより、胴より上が見えなかった。見えなかった、では語弊があるな。なかった。僕はそれが見間違いかせめて本物であっても地縛霊であることを祈りつつ一目散に駆け出した。

無我夢中で四日市のロータリーへ辿り着いた時、時刻は20時30分を回っていた。乗りたかった列車はとっくに出発済みである。仕方がないのでプランを変えるが、選択肢が二つ浮かんだ。四日市46分発の亀山行きはJR線のみを経由して津までたどり着けるが遠回りであり、亀山で乗り換え待ちをすることを考えると宿に着くのは22時30分を過ぎるだろう。翌日の行程を考えると遅過ぎる。一方で49分発の津行きは亀山経由のルートをショートカットするような道を行くが、大部分は伊勢鉄道という第三セクターの線路上を走るため、18切符以外に別途料金を必要とする。

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ともかく早く布団の中でゴロゴロしたかった僕は、津行きを選んだ。伊勢鉄道のホームはJRのホームから遠く隔たれた小さなものであった。ディーゼル車がガラガラと音を立てて発車する。乗客は意外と途中駅で増えたり減ったりした。車窓は不思議なもので、右も左も線路のあたり一面は真っ暗だが、少し離れた場所は普通の住宅街である。まるで川の真ん中を流れに沿って敷かれた線路の上を走って岸辺の住宅街を見ているような、少し幻想的だとさえ思える光景だった。

津駅に着いたのは21時30分ごろだった。車内に残る三人の客のうち、最後に出口のドアに向かった僕はワンマンカーの運転手に精算料金510円を手渡しした。初老の運転手は僕の3回分ハンコの押された18切符を見て、5回も一人で使うのは大変でしょう、と話しかけてきた。もう慣れましたから、というのが僕がすぐ答えられた短い感想だった。事実そうである。高校に上がるまで碌に旅なんかしてこなかった僕がもう何べんこの切符に5回分押印してもらったのかは分からないし、慣れた、というのが咄嗟に出たにしては正しい表現である。そうですか、お気をつけてと言われた。今度は明るい車窓が見える時に来ますね、と言っておいた。ちなみに翌日乗ることになる。こういうやり取りは時々はあるが、特に第三セクターで多くあるように思う。とはいっても伊勢鉄道はJRに両端を挟まれるその立場上僕のような客も全く珍しくはないと思うのだが。何にせよ見知らぬ土地で見知らぬ人と会話するのは楽しいものだ。

三重県の県庁所在地である津は、好ましい感じのする街であった。来訪者を呑み込んでしまうほど巨大でどこへ行けば全く分からぬほどの大都市でもなければ、人も見当たらず明かりのついた建物が近寄りがたい雰囲気を醸し出す居酒屋ぐらいしかない小さな都市でもない、程よく旅人を出迎えてくれる温和な雰囲気のする街だった。疲れていたから余計そう感じたのかもしれない。駅にくっついた飲食街で名物の津餃子(ゲンコツ大ほどある餃子だと聞く)を食べてみたかったのだがサイゼリア以外の店は閉まりかけていたし、ラーメン屋は日曜定休だった。諦めてローソンでご飯を買おうと思ったところ、からあげクンが死滅していた。普段なら不満に思うところだが、ヘトヘトに疲れきった僕に寝床を与えてくれるこの街については全てを許した。一方ホテルといえば久々の大アタリで、綺麗な部屋にカードキー、無料朝食とウェルカムドリンク付きで5000円と満足であった。ふかふかベッドで眠りにつき、明朝に備えた。ベッド脇の目覚ましは6時にセットされている。

余談だが、ビジネスホテルでは謎の異音が時々した。どうやら見間違いでもなければ地縛霊ではないタイプだったのか完全に憑かれてしまったらしい。そういえば最近咳も止まらない。僕の走りがもっと早ければ霊に勝てただろうか。運動の必要あり。皆さんも気をつけてトレーニングしてください。ライバルは他人ではなく自分だとか言いますが、霊です。

 

続く