月を旅路の友として

大学生です。旅行記と、140字じゃ収まらないネタと、色々。

絶対に今日は流れる季節の真ん中ではない

まず、季節はコンコルドばりの速さで過ぎていった。穏やかに「流れた」などと感じるような物では決してなかった。目で追うのさえ難しかった。それから、2月26日がやってきて、その日の午後4時、試験場の鐘が鳴った時に僕の一年間はぷっつりと終わってしまったのだった。そこからまた新しい何か別の時間がゆるやかに始まった気がする。だから3月9日は「真ん中」でもない。

たしかに日の長さは最近感じるけども、「ふと」ではない。センター試験が終わった辺りから徐々に日没時刻が遅くなっていくのを十分感じていた。そのことに自分が夢を追いかけられている時間が減っていくことを感じさせられていたから、むしろ敏感にすらなっていたかもしれない。

まあ、何かから卒業したわけでもないのに卒業ソングを自分と重ねようというのが、土台無理な話なのだろう。〇台から卒業?そんな気分にはならない。

 

合格発表シーズンのこの頃、同期の浪人した皆、それから後輩たちが続々と大学に受かっているのを見て素直に凄いと思った。やはりあの高校に入って得られたことの中での一番の宝物は、尊敬できる先輩/同級生/後輩だろう。これは別に勉強に限った話ではないけど。それに引き換え自分は、明日の合格発表を不合格発表と笑いながらいい、緊張もせず、落ちた落ちたと言っているんだから、全くもって不甲斐ない。

 

そんな自分が高校時代唯一(?)誇りと自信を持って取り組めていたのが、映像編集だった。なぜのめり込んだんだかはもう全く覚えていないけど、とにかく僕は四六時中カメラを握り、興味の湧いたあらゆる物へレンズを向け、ファインダー越しに高校生活を見つめ始めた。そのうちドラマを作るのが面白そうだ、自分に向いている、と思ってやりはじめた。脚本は自分で書いたが、同級生や後輩に無茶な出演を頼み、先輩の力も借りて、必死で編集した。徹夜は何度したかわからない。どうすればもっと面白く出来るか?どうすれば分かりやすく伝わるか?どうすれば綺麗に撮れるか?授業中は寝ているとき以外、絵コンテばかり書いていた気がする。そんなこんなで放送の県大会では優勝したり、二位だったり、ダメでもなんとか上位には食い込めていた。そして全国大会にも二度も出ることが出来た。本当に、本当に、楽しかった。そもそも今までの人生で得意なことが一つとして見つからなかった人間だ。これこそがやるべきことだったんだ、と思った。そして、自分には才能があるんじゃないかとまで思っていた。今思えば自惚れ以外の何物でもない。それから卒業して、カメラを買いこそしたが、浪人した間、思う存分使えたわけではなかった。それでも何かを作りたいという漠然とした意欲だけは今もなお残っていた。

 

今日、放送部の映像の上映会があった。他の部活に比べて今の形になってから日が浅いとはいえ、大会に出れば賞状やトロフィーをいつも部室に持ち帰ってきた部活だった。しかし最近は部員も一時に比べやや減っている。そこで、僕の物を含めた最近の映像や、何年か前に卒業した先輩たちの映像をまとめて一緒に見て、現役生が何かを得る機会にしよう、といった趣旨の会だった。暇だったので、僕も参加した。自分の作った映像を見るのはなんだか恥ずかしい気もするけれど、母校に訪れておくのも悪くないし、考えてみれば作ってから一年以上経ったいま、今更恥ずかしいと思うこともないだろうと思った。

会場のホールの真ん中あたりの座席に腰かけた。スクリーンが降りる。照明が暗転する。映像がプロジェクターから流れ出す。6番目だか7番目に僕の制作した映像が流れた。久々に見るなあ、懐かしいなあ、ぐらいにしか最初は思っていなかった。けれども、中盤から気づき始めた。あれ、これ、こんなにつまらなかったっけ……。ストーリーも唐突でガサツだし、撮り方なんかまるでなってない。録音も雑だ。いったい高校の頃の僕は何に満足していたんだろう。これのどこに自信があったんだろう。才能?こんなものにあるわけないだろ。何度か勝ったのだって、これじゃあ所詮運が良かっただけじゃないか。気付いた途端恥ずかしくなってトイレに逃げようかと思ったが、やめておいた。映像が流れている16分がえらく長く感じられた。

簡単に言えば、たまたま上手くいって調子に乗っていたんだろう。思えば、あの頃何度か先生とか同級生に「映像系に進むの?」って聞かれてもぼかさずに首を横に振ったのは、それについて深く考えていなかったのもきっとそうだが、本当は心の中で所詮運だけでトロフィーを持ち帰ってきたことに気づいていたのかもしれない。

上映会が終わった後で、自分より4つか5つ上の先輩たちに出来を褒められた。しかし自分ではまるで納得していなかった。質問しに来た後輩にも色々教えたりしたが、本当に自分が教えるべき立場なのか、そんな実力があるのかが分からなかった。そうして家に帰ってきて、今これを書いている。

先輩たちのうち何人かは今でも高校時代に放送部でやっていたことの延長線上で活動しているようだった。映像を作ったり、アナウンスをやったり……。同じようにカメラを手に大学生活を送る自分を、曖昧に考えていた。けれども今日これでようやく気付けた。というか、覚悟が出来た。絶対に自分も見た人も納得できる出来栄えの映像を作ってやる。写真を撮ってやる。勉学をおろそかにするつもりは全くないが、また中途半端に上手くいってしまうのだけは避けたい。というか、もしかしたら上手くいかないかもしれない。いや、うまくいかない方が可能性としては高いだろう。それでもやってみたい。そのために必要なことはきっと膨大過ぎて今の自分には数え上げることもできない、けれど、今度こそ真剣に取り組んでみよう。これを大学生活での宿題にしよう。そう思った3月9日だった。上手くはいかぬこともあるらしいが、天を仰げばそれさえ小さいらしいので、なんだか頑張れる気がする。

 

という訳で、まだまだ何かの形で高校の頃の続きをやっていこうと思います。出来た物はどんな媒体でもきっとtwitterに載せるでしょう。高校の頃は肖像権だの大会に出したら他に出してはいけないだの色々あったので見せてませんでしたけど、今度こそ色々な人に見てもらいたいです。その時に批評をしてくれたら嬉しいです。「ここがいい」「ここがダメだ」それぐらいでいいです。「良い写真だ」「この動画はクソだ」それでもいいです。「浪人したのにその自信のなさは何だ」うるせえ。もう二度と努力不足に泣きたくはない。だから次こそは、これは、しっかりとやってみたい。

以上。